第258話【歌い響くのは剣の命】
あの時教えてもらった葉山の命の場所。
だから指先に残る、そこに到達するまでに触れてしまった暖かく柔らかい葉山を思い出す。こんな時だけど、でもはっきりと今、触れてるみたいに思い出す。
導かれる僕。自分の胸に誘う葉山。
ここを終わらすなら方法は彼女自身によって教えてもらってる。簡単だ。
お手軽に、昨夜触れた彼女を有機的に結合する胸の小さなプレートを壊せばいい。
それは、葉山の胸にあって、皮膚のすぐに下。
気軽に、カシャン、って感じで、それは僕のマテリアルソードで突く程度で完了する。
そして、葉山の命も完結する。
簡単だ。
本当に簡単に終わる。
でもさ、
そんな事、
僕にさ、
できるわけないじゃん。
僕はゆっくりと僕の支える手に全てを委ねるように倒れる葉山を受け止めて、そのまま抱きしめる。
「結局、こうなるんだなあ」
残念そうに、とても嬉しそうに葉山は言う。
そして、
「ごめん、真壁、もうダメみたい、ほんと、バカだなあ…」
と言って、またその優しい指が僕の頬の涙を拭った。
お前も泣いてるじゃん。
その手が力無く落ちるのと同時に、この部屋の中の剣が、刃が僕らに向かう。
ただ、その重量だけで、落ちてくるだけでも僕らは簡単に死ねる。
僕は守りたかった。
今、まさに死に向かう葉山を、これ以上髪の毛一本だって傷つけたくなかった。
これは怒りなんかじゃない。
まして、今までみたいにな、ただ自身が危険に晒される、とか命の危険に条件反射にも似たあんな陳腐な感覚じゃない。
知らない、とか、わからないじゃない。
これは、僕が昔からずっと僕の中に、僕の体に織り込まれていた力だ。育まれていた力。
だから感じたのかもしれない。
ああ、そうかって思った。
僕は僕の剣を握りしめていた。
今更ながら、僕の手に剣があるのを思い出していた。
一瞬、この剣からのフィードバック。
今は、剣として剣の様に振舞うってさ。なんだそれ? 僕も壊れたか?
でもさ、それは僕の、うつろで甘い確実にあった過去を思い出させてくれるんだ。
そうだね、僕はまだ君の『歌』を知らないね。 今の君を、
この行動を僕自身が理解できないでいる。
なんだろ? これ、笑っちゃう。「ははは」って声も出ちゃう。
僕は思うんだ。こんなの、これだけもらってたら、かつて僕が、このダンジョンと二つに分けた『全』の半分なんて意味ないじゃん。って思えたんだ。
今、一瞬出かかった小さい僕が今の僕に追い付かないで、落ちて行く。
だから春夏さん、もういいよ、ってなる。
なんだろうなあ、いままで、の全部が一つになる感じなんだよ。
だから、そこには響く歌。
響歌があるんだ。
そうか、これって、たぶん、母さんのだねってかもっと前からある、僕たちの方の『剣世』だ。
凶歌なんて言われてたけど、響歌が本当だったんだね。
もちろん、僕が歌うわけじゃないよ。剣が謳うんだ。
ここにある全ての剣は、皆、『歌』い終わった剣で、多分、幸せのまま朽ちた剣。
だからここに響くのは『鎮魂』ではない。もちろん皮肉でも無く、切り裂く断罪への『祝福』。
死んでしまった億を超える剣は謳わずに囁く。
これは僕たちだけが届いた歌。僕たちだけが知る歌という現象。
剣を生き物の様に扱う僕と母さんだけが辿り着いた極点。
もう『歌』う事が出来ないから、君の『歌』を聞かせて欲しいって、そう囁く。