第47話【 隣り合わせのハエとGと青春】
大きなソレの羽音がどんどん近づいて来る。
なんとか春夏さんだけでも守らないと、と思うものの、両手はふさがっているし、もう、こうなったら、身をまるしくして、彼女を抱え込むしかない、って思って彼女を抱えこもうとするも、うわあ、顔近いじゃん。しかもその近い顔を更に近づかせようとしているじゃん。でもって、今の状況も、冷静に考えると、女の子を初お姫様抱っこしてるよ僕、って気がついて、それは春夏さんも同じで、なんか、ここへ来て照れ照れな感じで思わず今の状況から目を逸らしてしまう。
「秋さん!」
って角田さんの声。
「いや、だって、さあ」
な感じで、僕以上に顔が真っ赤な春夏さんを見て僕も照れてしまうよね。
そんな瞬間をソレはまるで狙っていたように、襲いかかって来た。
僕らの顔の近くにその重い羽音が最大に近づいて、正にその羽から発せられる風が頬に感じるほどの接近に僕は旋律を覚える。
ソレの黒光りする姿が最大限になって、視界が奪われ、そしてその姿を見失った。
奴は一体どこに?
僕は外側から観察してくれているであろう、角田さんにその答えを求めると、角田さんは、本当に気の毒そうな顔をして、僕ではない彼女を指差した。
個体差はあるけど、ソレは確実にドラゴンフライの一種であり仲間な事を証明する
一撃が春夏さんに放たれていたのだ。
ソレは彼女の目と目の間にそっと『たかって』いた。
春夏さん、あまりの恐怖に声もなく、白目を剥いていた。
「春夏さーん!!!!」
僕の叫び声と同時に、ソレは再び宙に舞い上がった。まるで自分の攻撃の効果に満足するように威風堂々と仲間の元へ戻ってゆく。
「角田さん、春夏さんが、春夏さんが!」
取り乱す僕に角田さんは、
「完全に気を失ってますね」
ものすごい後悔と消失感に襲われている僕だったりする。
「あの時、僕が照れとかせずに顔を覆っていれば、彼女は死ななくて済んだのに」
「いや、死んでいないですよ、気を失っているだけです」
でも、僕は仲間を守れなかった事に、自分でも不思議に思うくらい固執していたんだ。これが仮に角田さんでも同じ後悔っていうか悲しみにも似た怒りを感じていたんだと覆う。
僕はこの仲間という自分のエリアというかその環境を堅守する事が自分の使命のように思ってしまっていたんだと思う。どうしてそんな思考に囚われていたのか、自分でもよく分からない。
ただ、自分の中の何かが踏みにじられた残念な気持ちが僕の中に重く腰を下ろしていたんだ。そして決断する。仕切り直しだ。
「今日は帰ります、角田さん」
と僕は気を失う春夏さんをよいしょっと抱え直して、再び思い出す。
そうだここはダンジョンなんだ。
「常に死は隣あわせなんですね、改めて思い出しましたよ」
「いや、お嬢ちゃん、生きてますよ、誰も死んでないし、怪我すらしてませんよ」
まあ、そうなんだろうけど。でも、死は常に隣なんだからさ、って思って。
そういえば、今日の学校での情報のダンジョンウォーカーの後輩君も無事だといいなって思いつつ、
「ちょっと重いから足の方を持って」
と角田さんにお願いして、
「やっぱ重かったんですねお嬢ちゃん、よく頑張りましたね秋さん」
と2人で春夏さんを抱えつつダンジョンを脱出する僕らだった。
ドラゴンフライ。
そしてその群れの中にいて、ひときわ黒く輝くヤツに完全に敗北を喫してしまった。
フライであって地を這うその姿。
まさにグランドドラゴンフライに相応しいモンスターだった。
今後、僕らは、ヤツの事を、その恐怖と畏敬を表して、こう呼ぶことに決めたんだ。
『G』…と。
その一文字は偉大【GREAT】を意味しているのかもしれない。