第248話【刹那の悦楽を求む僕と葉山】
茉薙は困惑する。
自身の子供みたいな欲望と、そして現実に感じる痛みという今まで避けていた感覚の間から抜け出さなくなっている。
手を差し伸べたのは優しいお姉さんだ。
「なら、茉薙、いつもみたいに手伝ってよ、で、一緒にやろう」
と葉山は言った。
「私だけじゃ無理だから、茉薙が手伝ってくれると助かるなあ」
続けて言った。
「じゃ、仕方ないな、いいよ、静流、俺、助けるけどいい?」
「ありがとう、後悪けど、『意識』も全部スキルに振ってくれると助かるなあ」
「わかったよ、今回だけだからな、次は俺の番だから」
「ありがとう、茉薙、私頑張るよ」
そして、静かに葉山は目を閉じて、まるで中から体を入れ替えているみたいに、静かにその時を待った。
じっくりと時間をかけて、再び大きな目を開く。
「ふう…」
と葉山はひと息つく。
「ご機嫌だね、茉薙、今日は全部私にくれるんだね」
と微笑み呟く。
僕はそんな様子をただ黙って見ていた。
「本当にお人好しだよね真壁は、何度もチャンスはあったよね? 今もそうだし、これで終わらせてくれてよかったんだよ」
ああ、いつも教室で話す葉山だ。とても久しぶりにこんな顔を見たって気がする。
普通に叱られている僕だよ。もうそれに関してはごめんとしか、でもそんなの嫌だろ葉山。
「本当に危ういなあ、真壁は」
と言われる。
その言い方、語り口がさ、とても喜んでいるってわかるんだ。
本当に、今にもキャッキャって言い出しそうなくらいの喜びが葉山の体からはみ出してるのがわかる。もう、その喜びに顔とか体がさ、反応してしまうんだろう。
だってさ、この子、葉山はさ、『ジャンキー』なんだよ。あの茉薙がスキルジャンキーだとしたら、この子はまさに『戦闘狂』。戦うのが楽しくてしょうがないって感じの人だよ。
恐らくだけど、このダンジョンが生まれてから、特に強いって言われる人ってこういう状態になった人って少なからず存在していたと思う。それは脈々と続いて、多分、いまもいる、それに近い人からまさにそんな人って何人も合ってる。多分、クソ野郎さんも、怒羅欣の北藤さんも、以前の蒼さんもそうだった。
まるで、遊ぶみたいに命のやり取りをするんだ。
平気で人を殺せる一撃を出す。
嬉しそうに。
そして彼らは自分と同等の力を持つ者を喜ぶんだ。
戦いは、一方的に勝つとかじゃなくて、強者のみの一対一の『戯』にも似た戦闘に歓喜する。
ジリジリと僕との距離を測って、僕を見つめる葉山は本当に楽しそうだ。
まさに今から最高の遊びをするみたいな、そんな準備をする為にワクワクしている気持ちが伝わってくる。
「本当に、真壁楽しそう」
微笑む葉山が言った。
ああ、そうか。
そうだね、きっと僕もその1人なんだろうね。
普通に考えるとさ、人殺しの出来る武器を持って、殺すつもりで斬り合うなんて、正気の沙汰じゃないよ。人を焼き殺し、氷漬けにする様な魔法もそうだね。
それを互いに僕らは使い放ち合う。
攻撃は常にモンスター達だけでなく、ダンジョンウォーカー同士に向き合う。
まるで、ダンジョンがそうあるみたいな形でいてくれているみたいで、モンスターなんて戦うための簡単な入門書みたいな感じで、極まるダンジョンウォーカーは互いに戦い合う。
このダンジョンがさ、死を受け入れないから、僕らは遠慮なく、生身の体を使って互いを傷つけ合うんだ。
切られて飛ぶ鮮血は本物。
その痛みも苦痛も本物。
でも、死だけが偽物。
だから僕らは憎しみもなく恐怖もなく殺し合う。
歓喜に包まれた、そんな表情で葉山は言う。
「私、あなたに会えてよかった」
そして、
「全部出せる、全部見て真壁、これが私の全部だよ、全部あなたに捧げるから」
僕に対峙する葉山はさ、こんな時に感じる事でもないんだけど、とても綺麗でさ、それは正に自身の最後を決めた人のみが出せる優美さとでも言うのだろうか、このダンジョンでも死ぬ事ができる彼女しか感じる事がない覚悟を備えていたんだ。
「始めよう、真壁、私達のソードワールドを」
僕らは戦う。
彼女の、葉山の全力のソードワールドと、ひとまず解体と防御しかできない僕のショボいソードワールドは再び激突して行った。