第234話【ただ、普通としてありたいという願い】
結構、真面目に言ってるのか?葉山?
あ、ちょっと笑ってる。揶揄ってるって漢字でもないけど、いや、結構、余裕出てきたなによりだよ。
いやいやいや、命かかってまで僕に会いにこようと思わないでよ。もちろんそんな言葉は冗談の類だとは思うけど、その理由というか、気持ちみたいな事を葉山は言うんだよ、
「学校に行く事がさ、私が人として自分が自分を認められる瞬間なんだよ、あの場所が私が人であるって感じられる唯一の場所なんだよ」
そう言ったら、薫子さんが言い返す。
「常時ダンジョンに入っている事だってできただろ、ギルドに頼らなくてもお前ならなんとかなったのではないか?」
それは僕も思った。
でも葉山は言う。
「でも、外に出たいんだよ、どうしてだろうね、体調はさ、ダンジョンに入っているときのほうが遥かにいいのはわかってるんだよ、でも私、ダンジョンにずっといたくなかったんだ」
と笑顔で葉山言った。
「どうして!」
薫子さんは叫ぶように言ってしまう。もう感情が先に出てしまっているみたいな感じ。前のめりになっちゃう。僕もそうだ、本当にそう思うし、言いたい。
でも、葉山はちょっと寂しそうに答えた。
「ほんと、どうしてだろうね? 私、普通の中学生だって思いたかったのかもね」
葉山は呟く。
何言ってるの、そんなの当たり前じゃん、そう言いたかったけど、その言葉の、彼女から溢れる言葉の湿度が、僕、いやここにいる人間の心にそっと降り注いで、何を言おうとする口を塞いでしまう。
張り付くように纏わり付くみたいに、僕の心から温度を奪い取るような、そんな感覚だ。
薫子さんも、もう何も言えなかった。
葉山って、学校にいる時、ダンジョンにいる時、ずっとこんな風に考えていたんだ。
僕が知らない葉山は、僕と何気無い会話をしながら、学校で委員長の仕事をしながら、ずっとこんなことを考えていたんだ。こんな状態でこんな立ち位置にいたんだ。
生きるか死ぬかの所にいて、僕の相談に乗ってくれたり、たわいもない話をしてくれたし、声を掛けてくれたり、気遣ってくれたり。
ああ、もう!
そう思うと、なんで気がつかなかったかな、僕。とか無茶な事考えちゃって、そんなの気がつく訳ないじゃん、とは思うけど、彼女の、葉山の言葉の端々を思い出しては察せない自分を呪いたくなる。
僕だけじゃなくて、それは他の人も思っていたみたいで、
「なあ、葉山静流、ギルドには相談できなかったのか?」
「ギルドにはあの、大柴マテリアルのお嬢さん、河岸さんもいるでしょ? それに、こんな事で…」
と言いながら僕の方をチラッと見て、
「誰かさんにガッカリされるのは嫌だったもの」
そして、少し悲しそうに微笑んで、
「その人にとってね、私は優しくて親切な葉山静流でいたかったの、頼られたかったの、少なくとももうそんなに長い時間じゃないから、余計にね」
と言った。
その『長い時間じゃない』と言う言葉に、僕の心はズキンと一つ痛む音がした。
なんだろう、ここの空間が固まって行く気がする。
そんな時に、ズズズ、ってお茶を一口すする音が聞こえたと思ったえら、
母さんが、
「それはいいんだけど、それとうちの息子を殺すってことはどこでつながるのかしら?」
と一言発言する。
全くいつもの母さんなのだけれども、しかもニコニコしている顔で、この重くてのしかかる空気をぶった斬った。
淀んだ空気が分断されて、新しく清涼な空気が流れ始める。
本当に、まるでお通夜みたいな雰囲気がガラリと変わる。