第221話【僕を甘やかす絶対存在】
春夏さんの柔らかな手と、心地よい声。
その息遣いと体温さえ、僕にとっての癒しになる。
彼女が怒るなって言えば静まる心に訳なんていらなくなる。
固まっていた心とか強張っていた顔とかがどんどん溶かされる。本当にこの人は僕を甘やかすのが上手だよね。もう、僕を甘やかすプロだよ、名人、達人だよ。
いつの間にか雪華さんの横に来ていて、僕の頭を撫でている。本当にニコニコしながら、僕を見つめてる。
「私ね、心配してたんだよ、また、あの時みたいに秋くんが壊れてしまうんじゃないかって」
春夏さんの言葉が、その内容がよくはわからなかった。
あの時ってどの時だろ?
あ、1番最初の君島くんさんの事かな? 確かにあの時、僕の中にあった何かが溢れて来てしまったよね、その事なんだろうか?
「でも、大丈夫だった、秋くん強くなったね」
って言われてしまうんだけど、テレテレな僕なんだけど、心当たりというかこれだって符合するものがないから、ちょっと混乱してる。
「じゃ、僕は行くからね、ともかく、君と蓮也達に怪我をさせたのは僕にとっても不本意だったんだよ、もともとあいつ、茉薙はちょっとイかれてるんだ、そのことについては謝罪するよ」
と、八瀬さんが言う。そして、
「いいさ、僕を嫌うんなら、そうしておくれよ、僕、割と得意だからさ、人に嫌われる事、煙たがられるのも、特技みたいなもんさ」
とか言い出す、本音とも冗談とも取れないんだけど、少し寂しそうな、そんな目をしていた。
「じゃあね、狂王くん、またダンジョンのどこかで、その時は仲良くしてくれよ」
そう言って、土岐のベットの方に言って、「いやあ、怒られちゃったよ」なんて言いながら、他のクロスクロスの輪の中に入って行く。
「では、狂王、私も一応は仲間の中に戻る、またよかったら誘って欲しい」
と言いながら、シーツで頰被りして去って行った。クロスクロスの方には行ってないから、きっと他に仲間とかいるんだろうなあ、見送る僕だよ、本当にありがとう此花さん、って言い忘れたけど、また何処かで会えるよね。
色々とギリギリだったけど、概ね終わったね、ギルドの方の目的は完遂できたみたいだし、よかったよ。
概ねの解決にホッとしている、そんな僕に、雪華さんはそっと耳打ちする。
「あの、秋先輩、ゲートの前で母が待っています」
そうだね、僕の方は、全く解決していないことは自覚している。これからだな、って思ってる。思わず真剣な顔になる僕だけど、ここで雪華さんが、
「あの、東雲先輩、そろそろ…」
って言いにくそうに、それでも、
「秋先輩の頭を撫でるのを中止された方が」
と言う、これからベットを出て、雪華さんのお母さんに会う為に行動を開始しようとしている僕に変わって言ってくれるんだけど、肝心の春夏さんの方は、
「うん」
って言うんだけど、僕の頭の上の彼女の手は離れる気配がない。
「あの、東雲先輩」
「うん」
「そろそろ」
「うん」
「母が待ってますので」
「うん」
いつまでも繰り返されるこのやり取りの前に、僕は葉山さんの事を考えていた。真剣に、真面目に春夏さんに頭を撫でられながら、僕は考えていたんだ。
「もう、秋先輩もいつまでも撫でられていないで、なんとかしてください!」
確かにその通りだね、僕も一応は撫でられている本人として、雪華さんに言った。
「うん」
「もう、嫌だ、この人たち」
いや、だって僕、春夏さんには逆らえる気がしないからさ、ここは気の済むまでやらせておこうよ、って思っていたんだけど、流石に小一時時間経つ頃にはちょっと後悔していたよ。
いろんな意味で凄いな春夏さん。