第220話【だから僕は春夏さんに逆らえない】
僕の口から出た『殺す』って強くて禍々しい言葉に、今、この保健室で交わされていた街の喧騒の様な様々な会話が途切れた。
みんな僕らの言葉に注視し始めたんだ。
「い、いやあ、いやだな、殺すなんて大袈裟だよ、ほら、茉薙もあんな奴だろ、きっと間違えたかもだよ、もしかしたら、狂王君が挑発しっちゃったのかも?、強い人同士の事は僕、わからないからなあ」
なんて、何を今更って事を言い出す。
でも、間違ったとか、そう言う事じゃないんだ、僕の聞きたいことは、そこじゃないんだ、知りたい事は。
「それは通らないでしょ、あの、茉薙の攻撃は、あの時、あなたの出した『召喚箱』を狙って放った一撃は、『必殺』の一撃でしたよ、間違いで出せるような攻撃じゃなかったです」
「え? 本当? いやあ、まいったなあ」
適当な鉾咲さんの言葉に僕はかなりイラっとした。そんな僕に、
「お屋形様、お屋形様」
と急に蒼さんが声をかけてきたんだ。
ん? どうしたんだろ?って思って彼女をみると、思い切り真剣というか、なんというかそんな微妙な表情で僕を見つめている。
そして、僕に口幅ったくこう助言した。
「お屋形様、お気持ちはわかりますが、ここはお収めください」
ってわけのわからない事を言う。何を言ってるんだって思って、そして僕はここで自分の感情を、今僕の心を支配している物の正体を知ったんだ。
ここで、あれ? って思った。
そして、ここに至って自覚した。
僕、怒ってるんだ。
ああ、本当に、笑えるくらいわかりやすく怒ってるよ、僕。
そうだ、別にこの人が悪いわけじゃない、鉾咲さんは、したい人にできる事を依頼しているだけ、その判断は全部彼女、葉山静流っていう、僕が良く知ってる人がしていたんだ。
あの時、自分の仕事を完遂しようとして、あんな状況でも尚、シメントリーさんを攻撃してきたのは間違いなく彼女の意思であり行動なんだ。
つまり、内容を知って仕事をしていた他ならない葉山さん自身なんだ。もちろん、そんな仕事を依頼しているクロスクロスと鉾咲さんも僕にとっては敵対勢力で、罪が全く無いとはいえないんだけど、今の時点で、重さって事を考えると、葉山さんの行動って、僕を敵と認識した上での行動なんだから、今、ここで鉾咲さんに怒るのは、根本は根本なんだけど、なんか違うよなあ、て、つまりさ、料理をしようとして、包丁で手を切ってしまった時って、基本は作ろうとしていた石狩鍋にも鮭にも白菜にも罪は無いわけで、ああ、何を言ってるんだ、僕、もう頭の中がグチャグチャだよ。
少なくとも思うのは、僕は、ここに至っても、あの時の殺意も攻撃もこの身に受けていながら、今も尚、葉山さんが悪いって考えたくは無いんだ。
しっかりしろよ、僕。
あの時、あの瞬間、だからたぶん今も、彼女は僕の敵だよ。
もうこれ以上ないくらいの宣言とかされているんだよ、親の仇みたいなものって、そう考えて、今の現状を飲み込みたいんだけど、ダメだ、なんか歪で大きすぎて、どっか切り取って、八つ当たりしようとしていたんだ。
僕はさ、この時、八方塞がりって感じ、嫌な思考が詰まって出れないって感じだったんだけど、その詰まって苦しい感じがさ、フワって急になくなったんだよ。
その時、僕は頭の上に、優しくて暖かい、今、1番欲しいって思っていた重さを感じたんだ。
その重さは僕に言うんだ。
「大丈夫だよ、秋くんは大丈夫だよ」
何だだよ、根拠は? だって、見てなかったでしょ春夏さんは、って思うのだけれど、僕はこの、頭を撫でてくれる彼女の優しさには逆らえないんだよ。もう、ダメ、全面降伏だよ。