第212話【星は降る】
いや正確には人ではなかった、彼女、エイシェントモンスターであり、本来は僕らの敵である花嫁さん、リリスさんが立ちふさがった。
「一呼吸、程度か?」
リリスさんの言葉。それは自分の身を犠牲にして稼げる時間を冷静に判断している様だった。
「邪魔すんな化け物!」
茉薙の殴りつける様な言葉に、
「それはお互い様じゃろ」
とリリスさんは言った。
横一閃の一撃が舞う。
それはリリスさんの細い首を狙って放たれている。
あの剣だ、茉薙の剣が振り切られた後、そこはどうなってしまうかなんて安易に想像がつく。
「まあ、良い、いいものを見せてもらった」
と自分の運命を受け入れるリリスさんの首に、茉薙の刃が届くことはなかった。
「もう一息!!!!」
さらに、リリスさんとの前に、土岐が入っていた。
流石に茉薙の刃に前に差し込んだ土岐の剣はあの剣の前では難なく切り裂かれてしまう。
しかし、茉薙の剣は一瞬だけど、土岐の剣に接触した事で速度が落ちたみたいで、そのまま土岐の鎧を切り裂くんだけど、土岐の奴、そんな茉薙の剣なんてお構いなく茉薙の腕、つまり振るう剣を持つ腕をそのまま捕縛したんだ。
確かに剣同士なら土岐の持つ剣は斬れ味、硬度の問題では圧倒的に不利なのだけど、それを振るう腕なら問題なく掴める。
「くそう!」
茉薙の本気で悔しがる声に、
「なめんな!」
って多分、鎧を砕いている茉薙の剣は土岐の肺辺りまで届いているみたいで、口から鮮血を履きながら言う。
届く。
無防備に背中を晒す茉薙に追いつく僕。
「遅いぞ、真壁」
ようやく僕の剣がこの戦域に入ったことを確認して、土岐は崩れる様に倒れた。
「バカなのか、この男は、妾はモンスターじゃぞ」
そう言いながら、今にも意識すら失いそうな土岐をそのまま抱きかかえる様に受け止めるリリスさん。
そして僕が茉薙に追いついた事を察して、茉薙は一回仕切りなおす為に距離を取ろうとする。
一瞬の隙をついた千載一遇のチャンスは潰えた。
もっとも僕が作ってしまった隙だけど、しかも、もう、みんなボロボロだけど、このチャンスを活かすのは今度は僕らの番だ。
「血の剣界!!!」
おっと、今度は今倒れている俺た土岐の剣まで、茉薙の周りに浮いて佇む剣達に合流する。
「くそが! ふざけやがって、お前も静流もみんな死ね!!!!」
浮かんだ剣が一気に上空に飛び上がる。
その時僕らは、厭世の奈落の高い天井を見つめたつもりだった。
あれ? ここってダンジョンの中だよね。
でもそこには本来ある筈の無いものが見えたんだ。
いや、このダンジョンでは見える筈の無いもの、って意味。
普通は良く見るよ、特に空気が冷え込むこの北海道では、空気が澄むから当たり前の様に見える光景だよ。あ、でもそれよりも綺麗、って言うか大きくはっきりと見える。
僕らは見た。
その天井に広がる満点の夜空を。
星々が瞬く深夜の星空を見たんだ。
なんだろう、これ?
ここにいる誰もが言葉を失った。
そんな静けさの中で、此花さんの言葉が響いたんだ。
「おいで、『流星群』、落ちて火になって全ての敵を焼き尽くして」
そう天に向かって、満点の星空に向かって祈る様に声が響く、優しく響く。
降り出しそうな、文字通り星たちは、轟音と光を連れて落ちて来る。
この日、僕は初めて見た。
『落星クラス』最大の魔法、『流星雨』多分、これを唱えってるのって、今の時点では2名くらいしかいないって話らしい。
これだけの広範囲、これだけの威力。
この後、聞いた言葉。
《よく育った、魔法使いにとって、いかに早く、どれだけ強く、そして器用に動くとも、直接攻撃系の戦士など、蟻にも等しい存在だ》って言葉を、僕はこの魔法を見た事で、ずっと納得する事になるんだ。
絶え間なく降り続ける星は、まるで雨の様。
そして、星は雨の様にダンジョンに降り注いで、ここにいる全ての人が光と熱とその爆発の音に飲み込まれて行ったんだ。