第185話【クロスクロス志望の動機】
確かに考えられるよね、花嫁さんの僅かな隙をついて逃げ出したって線もない事もない。
「私から逃げるなどありえん」
花嫁さんは即座にそれを否定する。この時気になったのは、花嫁さんの言い方だった。
この場合、攫っていたんだったら、『私が逃す訳がない』的な言葉になるはずなんだけど、彼女の言い方だと、シンメトリーさん自身が花嫁さんから自主的に逃げるなんて、という言い方になる。
なんだろう、僕はこの時、僕らと花嫁さん、そしてシンメトリーさんが、当初から考えていた『関係』の上には乗っていない、事の根本に、その認識にズレがあった事に気が着いた気がするんだ。
何か違う。というか僕、ちょっと勘違いしてたかもしれない。
というのは、僕は今、あの時の、ラミアさんの、浅階層で鏡海の間での出来事を思い出していた。本当に既視感がある。
問題なのは、花嫁さんによってシンメトリーさんが攫われたってことではなく、花嫁さんがシンメトリーさんを必要としていた事態と言う事にあるんじゃないかな?
まるであの時、シリカさんが執拗にスプーンを欲しがっていたみたいな、必要を必要としているとは考えられなかった勘違い。
そして考える。
真希さんは、戦え、とか、倒せって言葉を一言も発していなかった。
あの時、どうしてもっと具体的な事が言えなかったかって、思うと、たぶん、あの場所に鉾咲さんがいたから、ん、ちょっと待ってよ、それじゃあ、と言うことは、今回の一件もクロスクロスが絡んでいるって事になるよなあ。
ここにクロスクロスの人間が2人いるからちょっと聞いてみる。
「ねえ、此花さん、最近、クロスクロスで何か変な事、事件っていうか、妙な動きとかあった?」
聞いてから気が着いたんだけど、よくよく考えてみれば此花さんだって、クロスクロスな訳で、もしこの事が事の根幹に関わっているとしたら言うはずはないよなあ、って思った。やっぱり身内の人間だからね。
すると此花さんは、
「私にはわからないわ」
とだけ答えた。
まあ、そうだよね、言う訳ないよね。
続けて、
「私、基本、ハブられているから、誰も私と話をしないの、組織の内容って知らない事の方が多い、もちろん友達もいないし、いつも1人だから」
と悲しい事実を教えてくれる。
そんな此花さんの事をちょっと考えてみると、この人、なんでクロスクロスにいるんだろう?
あれだけの実力があるなら、ギルドだって大歓迎だろうし、その辺の彼女の心境というものが今一よくわからない。
率直に聞いて見た。
「此花さんは、どうしてクロスクロスに入ったの?」
「笑えるから」
即答だった。しかも僕の予想外の答えだった。
「狂王、同じお笑いの道を歩むものとして、ここは誤解の無いように言いますが、彼らの姿、行動、それらに伴う価値観、行動倫理、目的、そして運まで、それらがもたらす結果は、古き日の栄光、あの1970年代から始まるアメリカンコメディの黄金期を地で行っています、いや時としてそれすら凌駕する時もあるんです。何よりあの身の程知らずの行動は、古典、ドンキホーテの如くですよ、これがつまらない訳が無い」
お笑いを目指しているわけではないけど、うん。よくわかった。此花さんが僕の理解の遥か上を行く、よくわからない人ってことはよくわかったよ。