第184話【そろそろ起きろ、土岐】
頼みますと言われた花嫁さんは、『うむ』と納得のご様子で、そんな様子が此花さんに妙にツボったみたいで、また笑われるけど、流石に土岐が寝ているって配慮があるのか、小声で器用に大爆笑している。あ、でもこの場合、良いのか気を使わなくても。寧ろ、起きろ土岐だな。
でも、まあ、なんだろうなあ、これ以上傷というか、なるべくならこの状態であった事を知らないように、そっと下ろしてあげてほしいっていう、僕なりの気遣いはあるけどイマイチ言葉に出せないでいる。
だって、もう終わってしまった後だし、既に峠は越えた感もあるし、あとは土岐の気持ち次第だな。
というか、そろそろ起きろ、土岐。とは思うんだけど、花嫁さん別に苦もなくって感じだからまあ良いし、いや逆にこの方がめんどくさくなくて良いのか?とかも思ってしまう。
様々な思いが交錯する中、僕らはその『厭世の奈落』に向かっていた。
ここの階の作りは割りと単純で、一度来ているからわかりやすかった。
だから事もなくその場所には直ぐに着いた。もちろんモンスターとの遭遇もないし、まして待ち伏せというのもなっかった。一応、以前にモンスターに遭遇した場所もあったんだけど、今日は全く出なかった、この辺は同じモンスターである『悪魔の花嫁』さんがいる所為なのかなあ。ともかく、すんなりと言うか、あっさりと目的の場所にたどり着いた。
その場所は、この地下21階の奥の奥。
見渡す限りフラットな、学校の校庭見たいな場所が広がっていて、部屋っていうよりどっかの鍾乳洞みたいな、そんな突き当たり、これってダンジョンの外側かなって、感じで、上に下に大穴が空いてるいるんだ。どこまでも続いている深い穴。その穴がさ、暗くないんだ。
その穴の向こうにある壁も一緒で、そのまま土と岩で、その表面が白から赤味を帯びた人の肌の様な色に変質しては、また白く戻って、さらに急に青系統の色になったりして絶えず変化している。
本当にダンジョンていうより、鍾乳洞、鍾乳洞というよりは生き物の内臓とかを見ている気分。一言でいうなら、
「気持ち悪い」
と思わず言葉にしてしまった。
そして、隅の方には、なんだろうなあ、多分だけど宝箱の残骸みたいな、そんなゴミの山がある。あ、一個だけ開けられていない、例の金色宝箱が、地面からニョッキリ生えている感じで立っている。
「あれ、例の召喚箱じゃない?」
僕の問いに、ここにいる誰もが、その召喚箱というものを知らないみたいで、というか『厭世の奈落』に気を取られているみたいで、反応が薄かった。まあ良いや、あとで近くによって調べて見よう。
それにしても凄い光景だ。
『厭世の奈落』を目の前にして、なんとなくダンジョンのもう1つの姿を見ている感じがして、気色悪いその光景から目を離せずにいたんだ。
それに、なんだろう、足元も絨毯みたいな踏み心地で、こっちもなんか気持ちわる。
「すごい所だね」
という僕に、
「あまり人が来る様な所じゃないから、でも私は好きですね、この光景」
と此花さんがウットリとした口調で言った。僕、この子とはセンスとか合わないと思う。というかこの人どっか人とは違う。それにフードを目深に被っているから、顔とか見えなくて声色と言葉だけで判断してしまうから、もしかして彼女を誤解しているのかもしれない。
確かに色は豊富だけど、僕みたいな人間から言わせてもらえば本当に気色悪いよ。
「ここまでは一緒だった」
と僕らが入ってきた入り口を指差して花嫁さんはそう言った。
「ここまで一緒に来て、忽然と姿を消したって事?」
僕の質問に花嫁さんは、
「振り向いたらいなかった」
ああ、そうか、どんな事情か知らないけど一先ずは花嫁さんがシンメトリーさんを先行していたんだ。案内して歩いていたっていう事だね。
「シンメトリーさんが逃げたって事でしょうか?」
鴨月くんがそんな事を言った。