第143話【蒼、次の約定へ】
多月さんと、そのおばあちゃん、もうニッコニコでさ、ただの祖母と孫みたいな穏やかな雰囲気になっているんだよ。
「では、私は条件を叶えられたのでしょうか?」
「ん、申し分なしだ、みれば東雲も仕えているようだしね、何より強い、それにその人を食ったような態度に一度は剣を交えた相手に対してのお人好しな態度、まるで力の振るい方を知らない世間知らずの『王様』のようだね、危なっかしいところはあるが、この坊ならお前ができなかった事をしてくれるだろうさ」
坊、と言うのうは僕の事であるから、多分、僕の事を話しているのだとは思うけど、一体何の事なのかさっぱりだよ。
すると、いつの間にか僕の横には桃井くんだ。いつの間にか僕の影から出ていて、この様子を見ながら、
「意外に面白い方に話が転がりましたね」
と笑っている。なんか良いことでもあったのかな、でもこの子の良い事って、対外的に普通に良いこととは限らない事がちょっと気になる、いや概ね価値観の共有はできているんだけど、生命とか健康とかそういった部分でこの子、ちょっと他の人とは考え方と言うか、懐の深さというか包括する範囲がでかいというか、侮れない部分があるから素直になっていっしょに喜べない。
そしておばあさんは言った。
「まあまあ合格だよ、坊、うちの蒼をよろしく頼んだよ」
と僕の肩をポンと叩いた。
「え? じゃあ、蒼さんは北海道に残っても良いんですね?」
「ああ、いいともさ、その代わり、坊、お前が責任を持って蒼の面倒を見るんだ」
ん? どういう事だろう? つまりはアレか? 黒の猟団の事とかの面倒を見るって事なのかな? まあ、別に良いけど、大したことはできないとは思うけど、それで良いなら、と思って、僕は
「はい」って頷く。
すると今度はそのおばあさんの前に、つまりは僕とおばあさんの間に蒼さんが入って来て、
「お前は、私を必要とするのか?」
とてつも無く真剣な顔して僕にそう問いかけるから僕は言った。
「そりゃあ、蒼さんは、(黒の猟団にとって)掛け替えのない人だよ、絶対に必要な人だよ、直ぐにでも(ダンジョンに)戻ってもらいたいよ」
何か言葉に欠けている気もするけど、疲れた頭で必死に考えて言ったよ、間違ってないよね。本当はもっと今の現状とか言わなきゃいけないんだろうけど、それは椎名さんにでも言ってもらうとして、ひとまず緊急的な事さえ伝わればいいよね。
僕の前では、そんな僕の言葉を一言一句を体に染み渡すように受け取る蒼さんが、何だろう、俯いて少し堪えるような顔をして、ようやく上げた顔が歓喜に包まれているんだよ。本当に満面の笑顔、何かをやり遂げたアスリートみたいな顔をして僕と見つめるんだ。
そして、一言。
「わかった、私は二度とその傍から離れない事をここに誓おう」
といった。
ああ、良かった、ダンジョンに戻って黒の猟団のみんなの元を離れないって事だよね。
「約定は違えぬように、これからはしっかりとやるんだよ」
最後におばあさんはそう言って締めてくれた。でも、なんで僕に向かっているんだろうか? ちょっと腑に落ちない。まあ良いけど。
そんな僕を放っておくように、蒼さんはおばあさんに、
「では、私はこれより札幌に戻り、組織を立て直します、お祖母様とはこれにて失礼します」
「ああ、しっかりやるんだよ、蒼」
と言うと、そのまま振り向いて、歩き出す蒼さんだ。その後ろには、五頭さんが付いて、そして椎名さんもその後ろを追う。
「状況はどうなっている?」
すると椎名さんが答える。
「最悪な状態は主人様が回避してくれました、落ち着いてます」
「椎名はどうする、もう、前の組織ではなくなるぞ」
「こうなった以上は私もここに身をおきたいと思います」
「そうか」
椎名さんも組織の立て直しに付き合うらしい。まあ、何とか丸く収まったな。ひとまず安心な僕は、すでに一刻も早く帰ってご飯を食べて眠ってしまいたい。