第140話【春夏さんを知るおばあちゃん】
とっとと終わらせて、家帰って寝たい……
あ、でも、帰ったら帰ったで妹を任せてしまった薫子さんが色々聞いて来るだろうなあ、めんどくさいなあ、なんとか回避してサッサと寝よう。
とまで考えて、軽く現実逃避している自分に気がつく。いけないいけない、今は多月さんで、おばあちゃんが相手だった。
「多月さんがここに残る為に僕がしなければならない事があるって事ですね?」
「私も多月だよ、この子の事は『蒼』と呼んどくれ、私が求められている様で、年甲斐もなくドキッとしてしまうだろ」
あ、なんかこのおばあちゃん可愛いって思っちゃった。
「じゃあ、蒼さんをここに残す為に僕がしなければいけない事があるんですね?」
おばあちゃんはにっこりと笑って、
「話が早いね、坊、賢い子は嫌いじゃないよ」
おばあちゃんは杖を正眼に構える。うわ、春夏さんとは全く違う雰囲気だよ、でも凄い迫力だよ。
「じゃあ、僕がおばあちゃんを倒したら蒼さんは連れて帰っても良いって事ですね」
すんなり、立て板に水の如く流れ出た自然な僕のこと言葉に、蒼さんはその名前の通り、真っ青な顔して、デカイ五頭さんは青い顔色を通り越して、蝋みたいな白い顔になってガタガタと震え始める。
「お前、なんて事を!」
と蒼さんが絞り出すように僕に言いつける。何かまずかったんだろうか?
そしておばあちゃんは大笑いだ。
「大きく出たね、坊、私ゃその腕前を見せて貰うつもりで構えたんだがね、いいね、それで行こう」
「今すぐ謝れ、真壁、この人は剣に置いて、『剣鬼の町』で最強を名乗る事を許されている方だぞ、お前は強いかもしれないが、この方の前では遠く及ぶところではない、私に勝てる程度では話にもならない」
って僕とおばあちゃんの間に入って止めようとするんだ。
でも、今までに無いくらい真剣でさ、本当に、必死に僕を止めようとするんだよ、蒼さん。
相当このおばあちゃんは怖いみたいで、足だってガクガク震えてるのに、止めようとするんだよ。
黒の猟団って、結局の所、怖いイメージがあったけど、多分それはゆきすぎた真面目さ故になのかもしれない。
みんな必死なんだ。
蒼さんも、それについて行こうとする他の分家の人たちも、だから、ちょっと方向が曲がってしまうと途端におかしな方向に行って常軌を逸してしまうんだろう。
特に自由度の高いダンジョンだ。制御するのは難しかったのかもしれない。
もしかしたら、蒼さんも含めて本当の意味でトップに立つ人がいなかったグループなのかもしれないなあ、ってそう思った。
蒼さん自身はとても良い人に思えたからさ、僕にその小さな背を向けて肩を震わせている姿はとても献身的で善人に見える。
多分、このおばあちゃんの本当の強さを知ってる蒼さんは、丁度、赤信号で横断歩道に入ろうとする童子でも止めているような、そんな感覚なのだろう。
「春夏さん」
「なに秋くん?」
「蒼さんをお願い」
「わかった」
春夏さんは、蒼さんの手を引いて、後ろに連れていってくれる。さすがの蒼さんも抵抗はするんだけど、基本的に力は春夏さんの方があるみたいで無駄な抵抗となる。
「なにをする、離せ、止めないと」
「大丈夫だよ、邪魔になるからね」
そんな2人の姿を見ながら、おばあちゃんはふと呟いやいたんだ。
「東雲の娘は今、以前に会った時の私の記憶が確かなら生きてりゃ二十歳は過ぎている年齢だと思ったんだけどね、うちの孫と同じくらいの妹がいたのかね?」
とか聞かれる。
そんな事、僕が知るはずが無い。僕にとっての春夏さんの情報というのは、お母さん同士が友達でって事くらいで、お父さんが警察関係とかくらいのものだよ。