第113話【再びモリモリとゴブリンの群れ】
仕方ない覚悟を決めよう。僕はスッと剣を抜いて、ひとまず臨戦態勢。すでに春夏さんも同じ意思を示していた。抜き放った化生切包丁の切っ先は確実に敵のいる方向に向いていた。
「かつて、『殲滅の凶歌』は、一振りで1000のゴブリンを屠ったと言います、私の一撃では10でいいとこですぞ」
と今まで空気になっていた北藤さんがそんな事を言った。そして、
「あの多月蒼を葬ったという神速の一撃を見せていただけると嬉しいのですが」
そう言葉を繋いだ。
うえ、やな事を思い出させるなあ、あれはもう、必死だったからね、結果、多月さんを瀕死にしてしまった嫌な思い出だよ、あの感触を思い出しちゃったよ、ああテンション、だだ下がりだ。ダメダメ、切り替えないと、今はピンチ、なんとか妹と桃井くんは後ろの部屋まで逃さなと。
そういえば、この人、僕の戦う姿を見たいって言っていたっけ。北藤さんが何をしたいのかわからないけど、今はそれどころじゃないからスルーだ。
ほら、来たよ、ゴブリンに呼ばれたゴブリンの大群が、すごい数だよ、通路を埋め尽くす数、100匹、いや200匹、僕から見える範囲で、ざっとそのくらいはいるんじゃないかな、もう逃げ場も無く、通路一杯に広がって、その並いる密度に厚さじゃ突破は無理そう、これを各個撃破かあ、きついなあ。
「角田さんは、妹と桃井くんをお願い」
このまま数に押し込まれて絶対に混戦になる。そうしたら攻撃の手段を持たない妹と桃井くんはやばい。結構歩いて来てしまって、さっきまでいた部屋はだいぶ後ろだ。このまま後退しても、僕らが部屋にたどり着く前にゴブリンの大群と接触して開戦してしまう。
交戦状態で、戦線を維持しながら徐々に後退って思っても、あのゴブリンの数にこっちの人数ではと、それも不可能だし、だからと言って、ここで僕と春香さん、そして北藤さんの3人でゴブリンの大群に飛び込んで活路を開くか、って事なんだけど、その場合、攻撃も防護の手段を持たない妹と桃井くんがゴブリンの攻撃に晒される。
そして、大軍の中にはレッドキャップがいるし、それに見た事ないゴブリンが2匹いるぞ、なんだあれ、そのままゴブリンキングを小さく人間サイズにした感じの奴、鎧とか着てるし、あ、 武器、カシナートじゃん。ってか見るからに強そうだ。
「おお、ゴブリンプリンスが2匹ですか、珍しいですね、1匹だけならそうでもないんですけど、2匹はきついっすね、エルダーまではいきませんけど」
角田さんはなんの悲壮感もなく言う。嫌になっちゃうくらいつもの角田さんだよ。
取り敢えず、飛び込んでビビらして、その後の出方を見るか、って考えていたら、以外な人物が僕の前にでた。
「ここは秋様、僕にお任せを」
って桃井くんだ前に出た。
例のブカブカのローブから、スッと手を出して一振りの杖を出す。
「桃井くん、危ない!」
って叫ぶんだけど、桃井くんは迫り来るゴブリンの大群を前に、僕の方を向いて、にっこり笑って、
「大丈夫です、こんな時のために休ませていただきました、ここで引き下がっては、角田様にも面目が立ちませんよ」
と言って、前を向くんだけど、もうゴブリン達はもう先頭に立っている桃井くんの目と鼻の先、かろうじて剣の届く距離、つまり友人距離だ。
これだけのゴブリンの大群を前に、その小さな背中は自信に満ち溢れているように見えた。
桃井くんは今にも襲いかかって来るゴブリンに向かって、杖を一振り「えい!」って言ってた。こんな時になんだけど、なんかこんなの昔どっかのアニメの魔法少女物で見たなあ。桃井くんの容姿も手伝って、なんか可愛らしい。返す返す、こんな時に不謹慎なんだけど。
杖からはキラキラした光が舞って満遍なくゴブリンの2列目くらいまでかかってる。
なんだろう、魔法スキルの1つだろうか? そう言えば札雷館の時も魔法っぽい事してたからなあ、って、今このフロア魔法を封じられてるんじゃなかったけ?
なんか桃井くんの攻撃終わったみたい。
でも、何も起こらない、つまり火も氷も雷も風も出ない。
うわ、桃井くんヤバいって思ったんだけど、次の瞬間、ゴブリン達が止まったんだよ。ピッタリと静止した、あ、よく見ると止まったのは前列から3列目くらいまでのゴグリンだから、30匹くらいかなあ。それが、時間を止められたように止まって、そして、倒れた。一斉に。
その様子を見ていた他のゴブリンはさすがに歩を止めてしまう。そしてバタバタと倒れ始めるんだ。
この時点でゴブリンもだけど、僕も仲良く今の現状で一体何が起こっているのか、まるで理解できず、目の前にいるゴブリンと、桃井君を除いた僕ら、思わずお互いの顔を見てしまっていたよ。