第112話【階層全体の魔法封じ】
完全に角田さんによって撲殺されたその元天使のグレートーデーモンを見てる。
かなり凶悪な姿なんだけど、この遺体を見ると、本当に最後は自分を痛ぶる相手から這う様に逃げていたんだな、ってのが見て取れる。
顔に至っては天使要素は1mmもないよ、大きな角に魚の目って感じで、口はニヤケた形で歯茎むき出しの上に耳のあたりまで裂けてる。グロテスクそのものって感じだね。いかにもモンスターって感じなんだけどね。
それでも、当時、角田さんから逃げ惑う、ちょっとそっちの気持ちてか、その時のこのデーモンが感じていた恐怖が見て取れるから、その被害者的な気持ち湧き上がるから、このての感情って容姿は関係ないのかもね、なんて考えてしまった。
こうやって見るとかなり凄惨な戦いが展開されていたようだ。一方的に、角田さんのワンサイドで。
まず、飛んで逃げるのを防いでから地面に引き摺り下ろして殴り殺したんだろうなあ。
鬼だ。
そして、妹とその後ろから桃井くんがやって来る。
「あー、これもダメかあ」
と開口一発、そんな声をあげた。何か不都合でもあるんだろうか?桃井くんって、たまにこういう意味不明な事言ってるよなあ、ゴブリンの時もだったし、多分、桃井くんは横たわるグレートデーモンの死体のことだと思うけど、なんか死体をじっくりと観察してる時がある。
まあ、そんな桃井くんはそっとしておいて、ひとまず僕らも帰ろうか、と部屋を出て歩き出した。
また元来た道を、長い通路を歩く。テクテクと歩く僕たちなんだけど、さっきの騒音に、どうしてだって意識を取られてしまう。
そして聞こえるあのいかにも大勢みたいな足音。
なんだ? 上のフロアかな? 安普請のボロアパートじゃああるまいし、こんなに響くかな?
そして妹が言う。
「兄、まずいぞ、キングから招集を受けたゴブリンたちが、この階層に未だ向かっている、早くここを離れた方がいい」
と、すっかり元気になって言った。
よかった鉾咲さんとの邂逅でかなり精神的に追い詰められていた感じがあったから、本当によかった。
ん? 今なんて?
遠くの方から、足音が聞こえる、歩いている、でも急いでいる足音。しかも10や20じゃないぞ、これ。
「キング倒したんですか。さすが秋さんですね、でもキングの招集はキングなゴブリンを倒してもしばらくは効果が持続しますから、これから素敵なゴブリンタイムですよ」
って角田さんが顔の返り血をぬぐいながら言った。本当にいい笑顔だ。
そして、ここに来て僕はようやく気がついた。
あの時の、去り際の鉾咲さんの『お願い』の意味を理解して、それは細やかな振動となって僕の体をかすかに揺らして実感を与えてくれた。そしてその『お願い』は大挙してここに押し寄せようとしている。
本当、面倒を押し付ける人達だった。平気で。しかもなんの罪悪感もなく。
まあ、僕らには角田さんがいるからいいか、ここは魔法でババンと行っちゃってよ、って思って気がついた。
あれ? ちょっと待って、確か角田さん、このフロアは魔法が封じられているってお言ってなかっったけ?
「角田さん、今、魔法って使えないの?」
「ええ、完全魔法防御かまされてますから、魔法は無理ですね、多分、このフロアの容積なら3日くらいは、ここ魔法無効地帯になりますね、あ、ギルドの言わなきゃですね、めんどくさいですね」
なんてお気楽に笑っている角田さんだ。いやいや、ピンチだよ。オロオロしている間にどんどん大軍の足音はこっちに近づいて来る。あれ、絶対に倒されたゴブリンキングの仇を討つためにこっち探している。時折奇声の合唱見たいのが聞こえる。
そして、ついに一匹のゴブリンが、この長い通路の、見通せない先の闇の中から姿をあわわした。僕らの方を見た、だから発見されたんだ。
「兄、私が!」
と妹が叫び、
「空に氷塊!」
おお、妹も怪しい全体攻撃を使ってた、よかったなんとかなる。
と思っていたんだけど、僕らを発見したその1匹のゴブリンに、中空から出現した家庭用冷蔵庫のフリーザーで作ったみたいな氷が2個ほどそのゴブリンのオレンジ色の頭に当たる。もちろんダメージは皆無だ。
「兄、すまない、打ち止めみたいだ」
ってにっこりと笑った。テヘ、って笑い方じゃないからなんとか耐えられたよ、ふう。
一瞬、固まってしまった僕。
そして、次の瞬間、オレンジ帽子の1匹のゴブリンが吠えた。
物凄い声、仲間を呼ばれたんだ。