第90話【足元の月は重力を操る】
妹はそう言うと扉を背に室内中心に両手をまっすぐ伸ばして、
「足元に月」
と呟く。
同時に、その室内、床いっぱいに真っ赤な月が浮かび上がる。
その瞬間、まるで縛り付けられるように、ゴブリン達は床に張り付くように倒れ始める。立っているのはレッドキャップと緑の帽子のゴブリン達、20匹もいないくらいの数、それでもひとまず立っているだけでひどく動きが制限されている。
このスキルっていうか魔法、確かどこかで…?
僕と春夏さんは普通に動けるみたい。全く影響を受けてない。あ、春夏さん動けなくなった自分の目の間にいたレッドキャップを容赦なく切り捨てる。
後ろの方では、
「ぐわわわわ!!!」
と、四つん這いになって、床に倒れることに抵抗する石山さんが叫んでいた。
「重い、体重が重い、4倍くらい重いぞ、真壁殿」
と騒いでいる。
ああ、そうか、以前見たあの時は足元に現れた月は白で、みんな浮いたり吹き飛ばされていたんだよ。この赤い月は重くするみたいだね。誰が使ってたんだっけなあ、思い出せない。
と一部モヤモヤしつつ、その効果に得心しながら、僕は立っているだけしかできないゴブリンを切り始める。
ここでやっとかないとね。少し残酷な気もするかもね、でもお互い様だよね、モンスターである彼らと僕らではこういうことなんだよね。ダンジョンだもん、仕方ないよ。身動きが取れないこの女の子を嬲り殺しにしようとしていた彼らを、僕らが殺しているってだけの話だよ。
「ふう、慣れてきた」
と石山さんは普通に歩き始めた。
この人も結構なデタラメな人だな、レッドキャップが動けないほどの重力攻撃を受けて、普通の態度だよ、つまり僕と春夏さんは除外できたけど、この石山さんはゴブリンたちの攻撃範囲に入ってもろに影響を食らってるって訳なんだね。
石山さん、立って腕をまっすぐ伸ばして、
「おお、これは来るな、来る、超重力修行に持ってこいだ」って喜んでいる。
そんな強靭なゴリラ、じゃなかった、石山さんは良いけど、倒れている女の子は普通の人なので、とっととレッドッキャップを倒して、妹に重力を解放してもらう。残ったのは雑魚だ、こっちでなんとかなる。
「もういいよ妹」
と言うと、今度は、
「わかった、兄、能力の高い個体の減少を確認した、残りの集団の殲滅に移行する」
なんて言ってから、その手を、手のひらを上に向けて、
「宙に氷塊」
と言うと、巨大な氷塊が現れて、白帽子のゴブリン達を次々と飲み込んでゆく。凍らせたり、押し潰したりして概ね全滅させてくれる。
そのあまりにダイナミックな光景の前に、「おお!」なんてため息しか出ない。なんかごめん、薫子さん、妹の加入によって、我がパーティーは、普通になるどころか、次の次元に進んで無双化の方向へ近づいてしまったようだ。今度はなんて呼ばれるんだろうなあ、と一抹の不満が脳裏を過ぎる。
ひとまず、ゴブリンの団体の撃破は終了。
1人入り口付近にいた妹に、
「すごいなあ、魔法スキルか何かかな?」
って尋ねるんだけど、妹は首を振って、
「違う、兄、これはスキルじゃ無いよ、私の中に残っていた物だ、他が残ってなくて空っぽだったからさ、取り込んだ物も使えると思うけど、この月と氷は最初から入ってた奴だ」
と、相も変わらず謎なことを言う妹だ、見た目無事だし、能力を使っての影響もないみたいだから良いんだけどね。
「怖くなかった?」
「ダンジョンがか? それはないな、ここにいる方が自然な感じなんだよ」
確かにそれは僕も思う。妹の存在はなぜかここダンジョンに来て増しているような雰囲気がある。