第86話【意識からはみ出す身体能力】
通路だからいくらでも下がれるけど、埒があかない。
どうしよう、なんて思っていると、石山さんが、ヨロヨロと追って来る2人を止めてくれた。助かるなあ。って顔したら、ミノさん流石に僕の態度と表情を読んだのか、振り向こうとした。
良いからこっち向いててよ。
僕は下がるのをやめて前に出る。ってか前に出るふりをした。
僕を意識して一瞬止まるミノさん、でも真横についてる黒目がちなラブリーな瞳は、今まさに自分を一刀両断にしようと飛び上がる春夏さんを捉えてしまう。
ああ、横に薙ぎ払えられたら不味い。攻撃力には定評のある春夏さんだけど、防御は紙なんだよね。それに中空に舞ってしまっている春夏さんはもう避けられない。ここは攻撃に集中してもらう為に、僕は相当に気合を入れる。
僕らか見てアッパースイング気味に春夏さんに向かって行く棍棒の根元、つまりはミノさんのデカイ手に握られている柄部分、僕から見たか逃げて行く棍棒を切断する。
というか、ちょっと深く入りすぎてミノさんの腕に激突して、「うわあ」とか情けない声を出してしまった。それでも、切った棍棒が春夏さんの方に飛んでいかないように、一応、剣の切っ先で流したから、切断された棍棒のほとんどの部分はそのまま斜め横の天井に向かってミサイルみたいに飛んで、ものすごい音を立てて激突して下に落ちる。
そんな行方を見守っていたら、すでにミノさん真っ二つ。綺麗な唐竹割りが決まった。
さすが、春夏さんだよね、化生切包丁だね。包丁だけに牛肉だもの、そりゃあ切れるよね。
よし、なんとかなった。と見届けて僕はミノさんの切れた半身と共にズッコけるみたいに倒れてしまう。ああ、かっこ悪い。なんか最近調子悪いよなあ、思ったより斬りすぎたり進みすぎたり、思いもかけない事態が起こる。たるんでるんだろうか?
「大丈夫? 秋くん、じゃなかったね、なんだっけ?」
と駆け寄ってくれるのは春夏さんだ。
「良かった、怪我はないね、ちっとも避けようともしないから、焦ったよ」
「動きは見えてたよ、絶対に間に合わせてくれるって信じてるから、避けないよ」
春夏さんが僕に寄せる信頼感て半端ないな。良いけど、結果オーライだから、でも少しは、カケラでも攻撃の時に回避を考えては欲しい。この程度だったから良かったけどさ。いつも僕が間に合うなんて限らないじゃない。って思うけど、春夏さんはニコニコしてるよ。そんな彼女の笑顔を見ていると、まあ良いかって思ってしまう僕がいる。良くないけど。
ひとまず一体。次行こうか、剣を収めているそんな僕らのところに、脇本さんと神嶋さんが駆け寄ってきて、正確には春夏さんの元へ駆け寄って行って、
「すごい、いや、本当に素晴らしい、あなたは何者なのですか?」
って脇本さんは思いっきり春夏さんの手を握って彼女を賛美する。すごい興奮しているのがわかる。鼻息も荒いもの、女の子なのにね。
まあそうだよね、この大きさの敵を一刀両断なんて滅多にないよね、一撃必殺、春夏さんの持ち味だよね、クリティカルヒット、会心の一撃、即死攻撃とも言うね。
でも僕は春夏さんの連続斬撃も好きなんだよ、かっこいいもの。普通ならここで戦っていた人たちみたいに周りから大勢で囲って死角に入って削って削って削って、時間をかけて倒すってのが安全で確実で、よっぽどの戦闘スキルとかないとなかなかね。
実際のモンスターとの遭遇戦って劇的とは程遠く淡々とした作業だもんね。概ねダンジョンウォーカーの戦いってのはそういうものらしいんだ。