第62話【春夏は秋の全てを肯定する】
僕になんか気を払っていたためか葉山さん、少し挙動が遅れてしまう、そのために、春夏さんの一撃、頭からの斬り下げをマトモに受けてしまう形になるんだけど、僕、ちょっと間に合いそうもないけど、まあ、大丈夫そうだね、あのおお振りなら受けるのも容易だなあ、その次の、葉山さんの反撃の方が怖い、春夏さんピンチだ、と僕は彼女たちの元へ急ぐ。
本当に止めないと。
物凄い音がして、葉山さんの手から武器が飛んだ。
弾き飛ばされたのは、2振りの剣。同じ形のレイピアみたいな刃物で、若干長さが違う。相手に錯覚を起こすように同じ形で作られてほんの数センチの違えた長さのエゲツない武器。完全に対人戦闘用じゃないか。
それが1つは折曲がって、1つは完全に根元から刃が砕き折られてしまっている。よく見ると、春夏さんの化生切包丁は、固く尖って丈夫な花咲蟹の殻を砕くような、分厚い背の方が使われていた。
ってか、思った。春夏さんの狙いはそれだよ。
はじめっからこの一撃は武器を破壊する為の一撃だったんだ。
やばい、後、葉山さんは弓しか持ってない。しかも、今の一撃は相当に重かったみたいで、後ろに突き飛ばされたみたいな感じになってしまった葉山さんは尻餅付いているし、今度は葉山さんがピンチだよ。
「ダメだ、春夏さん!」
叫ぶけど、次の攻撃のモーションに入っている春夏さんは止まる気配なんてまるでない。しかも脅しているって感じもまるでない。次の攻撃は本気で葉山さんを良くて2分割、悪くて4分割しそうな勢いだ。
僕と葉山さんの間には今まさにその葉山さんに斬りかかろうとしている春夏さんの背がある。止めるために間に入っている時間は無い。
唯一止めることができるといえば、無防備にも背中を見せている春夏さんに切り掛かって、行動を封じることが一番確実で、方法としてはそれしか残されていない。
春夏さんの、あの細い背中すら、完全に回り込んでいる時間などは無い。
最低限、利き手の行動を封じれば、春夏さんの戦闘力はなくなる。
ごめん、春夏さん、肩のあたりを軽く斬るって言うか、斬らない様に撃たしてもらう、すぐにこの馬鹿みたいな騒動を治めて、また五頭さん叩き起こして治療してもらうから、ほんとにごめん、僕は君に葉山さんを斬って、というか殺して欲しく無い。
春夏さんがそんなことをしたら絶対にダメだ。
確かにこのダンジョンでは蘇生が可能だ、最悪死んでも生き返る。ギルドに詰めているカズちゃんに頼めばやってくれると思う、でも、なんかダメなんだよ、春夏さんがそんなことをしたら。
そして、春夏さんがこんなことをするのにはきちんとした理由があってさ、きっと総じて考えれば僕の為なんだろうけど、その真意というか理由が今の時点では全く理解できないんだ。でも僕は、心底思う、春夏さんはきっと間違ってない。きっと僕の知らない何かの問題があって、それをまた得意の先回りで回避しようとしているんだ。
前の体育館での事、僕が知る限り、春夏さんと葉山さんが始めて対峙した日。『この人はダメ』ってはっきりと彼女はそう言った。そして今、力尽くな形でその言葉に対して構想している。自分の人間関係ならあのイケメン長身乱暴者の君島くんさんさえも穏便に処置していた春夏さんが迷う事なく、しかも同じ学校に通う同級生を完全に滅殺しようと剣を振るっている。
これはダメだ。
なんとか間に合う。
僕は剣を振ろうとする。
一瞬の刹那、僕はもう1つの事実に突き当たった。
春夏さんの背中はまるで僕の攻撃を避ける意識なんて持ってないんだ。
わかる。
だって、春夏さんがこれほど焦って雑に距離を詰める僕の足に気がついていないはずがないんだ。基本、彼女の防御って受けるより、躱す、だから、その初動はこれだけ接近した今、起こっていない筈はない、避けながら一撃ってのも十分ありえる、というかそうする筈だ。
でも、春夏さんの背はピクリとも動かない。
それは完全に後ろにいる僕を信頼して、攻撃力はともかく防御力に問題のある春夏さんが、まるで後ろに警戒してないんだよ。
僕は、そんな彼女に攻撃を加えようとしているんだ。
大丈夫、治せる、治せるんだ。
いや、違うだろ、確かに治せるさ、でも彼女、僕が春夏さんに斬りかかるって事は、春夏さんを攻撃した事実は怪我を治せるからいいってことにはならないだろ、彼女を攻撃した事は絶対の事実として残るんだ。春夏さんの体にも僕の心にも。
自分がもしも春夏さんや角田さんに刃物を振るわれたらって思うと、嫌だって思う心の中になんとも言い難い恐怖というか多分堪え難いトラウマができるよ。だって、信頼してるもの。絶対に安心な人たちだから。