第55話【王の勅命を奉じる!】
喜耒さんが、自分のジャージを脱いで、倒れている女の子を仰向けにしてかける。
「一応、この服にはギルドからの怪我に対する治療の因子が入っている、川岸雪華が処置を施しているものだ、とはいえこれだけの傷だ、効果のほどは期待するべきも無いが」
「ありがとう、喜耒さん」
「あ、あの狂王…様」
「何?」
怒鳴ってしまった見たい、ビクッとする椎名さん、今にも泣きそうな顔だ。落ち着けよ僕。
もう一回、彼女が悪いわけじゃない。だから、
「ごめん、何かな?」
切り落として腕を止血しようとしてるんだけど、なかなか止まらない。
「五頭はヒーラーです、一応、黒の猟団の中でもそれなりの腕です」
と消えるくらいの小さい声で彼女はそう言った。
「マジ!」
で、その五頭さんは何処に?
キョロキョロする僕を見て、
「さっき倒した大男です」
と、ああ、あの僧兵みたいな人だ。確かに僧兵みたいだもん、クレリック的な僧侶的にスキルが使えるって事だね、なんだ、ヒーラーいるじゃん、早く言ってよ、焦ってしまったよ僕。あの体だもん、怪我人の10人や100人くらいわけないよね。
で、その五頭さんは、と。
「うわ、寝てるし」
「いや、倒したのお前だろ、真壁秋」
本当にもう、顔面を剣で引っ叩かれたくらいで、寝すぎだ、五頭。
駆け寄り、その襟首持って、「起きろ! 起きてよ五頭、治せ五頭!」
「真壁くん、剣で顔を叩かれて気絶した人だよ、そんなに全力でガクガクしたら、五頭さんも死んじゃうから、首の骨とかも折れちゃうから」
と、葉山さんに注意される、大丈夫だよ、多分、こっちは加減できたし、このくらいで死ぬな五頭、揺するのはやめて、仕方なく頬を叩く、ああ、ダメだおかしなテンションで全く加減ができない。でも叩く、パンパン叩く。
五頭さんの鼻水と涎に赤いモノの比率が多く含まれるようになったころ、
「んが?」
と五頭は目を覚ました。
そして、
「貴様、狂王!」
とか言い出す、いや、今はそう言うのいいから。
もう一発ひっぱたいてから、話を聞かせる体制にして、五頭に言う。
「あの子治して」
と指示を出すと、その倒れている女の子に向かって、
「蒼様!」
とか言って駆け寄ってゆくと言うか這い寄って行く。なんかまだ五頭さん立てないみたい、手もガクガクしてる。運動中枢のダメージが抜けてないのかな。まあ、蘇生のスキルが使えたらいいか、
「貴様、よくも蒼様を!」
って睨んで来るけど、そう言うのもいいから、
「いいから早く治して」
五頭というヒーラースキルの持ち主は、相変わらす僕を睨んで来るものの、『蒼様』と呼ぶ、僕が瀕死にしてしまった女の子を見て、ガックリと肩を落として言う。
「無理だ、私のスキルではこのダメージ量の損壊には対応できない、残念ながら蒼様は…」
とか泣き言を言うからさ、
「いいからやって、早く治して」
と言うと、この大きな五頭さん、涙を流して首を横に振って、イヤイヤするんだよ、なんか、普通にキレた。こいつ何を勝手に諦めてるんだよ、って思った。
僕は五頭に言う、
「いいか、できるできないじゃない、やるんだ、な、命をかけて、この子を治せ、これは命令だ」
欲しいなら能力を底上げしてやる、どれくらいだ? なあ、どのくらい欲しい?
ほら、治療しろよ早く、簡単だろ?ほら。
僕は五頭の大きな頭を鷲掴みして、無理やり蒼様と呼ばれる女の子の方に向けた、
「本当にいい加減にしろよな」
勝手に攻撃して来て、勝手に負けて、勝手に死にかけて、勝手に治療を諦めて、なんなんだ、この連中は?
僕は、もう誰の死にも関わりたくはないんだ。
膨れ上がる赤黒い感情を止める事なく自分の体に内包された何かを解き放つように僕は僕の中にある力を戸惑いも無く行使する。
もうさ、しのごの言ってられないんだよ。
僕が誰かを殺すなんてまっぴらゴメンなんだよ。
泣きたくなって来るのは僕の方だ。