第26話【その剣はすべての時と次元に顕在する】
ちなみに、この手の剣って、現代剣って言われててさ、ギルドの基本装備であるロングソードの『マスラオソード』とかも有名だよ。
受注生産で、時間もお金もかかるけど、このカシナートの剣を持ってるダンジョンウォーカーって、剣士や戦士としては、超が付くほど一流って言われてる。
いずれ、常用して行く武器と防具は深階層で装備は良いのを手に入るとしてだよ、そして、最終的には、もちろん剣は『カシナート』が欲しいなあ。って思ってるんだよ。
そして、そこに辿りつくためにさ、前段階として、今はホームセンターで、装備を買わないといけないんだ。
だから、とももかく、なにはともあれ、今は無駄遣いの禁止と貯金だよ。
その為に、ずっと、小学生の頃から積立しているんだけど、何よりダンジョンが、現実の物になった最近なら、爪に火を灯すみたいな、無駄遣いとかしてなくて、だからさ、ここで戻って、今日くらいはさ、いつも禁止してる無駄遣いを解禁して、セイコマートのアイス食べたいなあ、なんて思ってるんだ。
もうね、『北海道牛乳アイス』が食べたい。
って、そればっか考えてる。
値段はリーズナブルなんだけど、美味しいんだよなあ。
いや、今、この時に何を考えてるんだ?
そう思うかもしれないし、自分でも思うよ。
そして、その理由もわかってる。
今、僕は現実逃避の真っ最中なんだよ。
だって、この銀色の奴、全く、消える気配もないんだ。
もう手が疲れて来たよ。
真希さんに借りた錫杖はさ、木製で軽いけど、もう無理、限界、手が痛い、腕が上がらなくんって来てる。
春夏さんや角田さんは、すでに、スライム退治を終えてて、これ以上倒してしまうと過分になってしまうので、今は僕の近くまで来て、スライムを、この銀色の奴を倒すのを待っててくれるみたいなんだ。
何回かはさ、
「先に帰ってていいよ」
みたいな事は言ったんだけど、でも、二人とも優しいから、こうして待っててくれる。
あれからどれだけ時間が経過しているかわからないけど、きっと何時間も経ってるんだろうなあ。
僕の斜め前にいる、邪魔にならないように配慮してくれてるであろう春夏さんは、とても心配そうに僕を見てるのがわかる。
で、角田さんは、
「秋さん、今日はもう、このくらいにしましょう、いくらなんでも相手が悪い」
とか言って、すると、今度は真希さんが、
「ほれ! 余計な事いうでないべ!」
って、真希さんに怒られてる角田さんは、そのまま黙ってるわけもなく、
「いくらなんでも無茶だろ? 秋さんだからって、やりすぎだ!」
って言い返してた。
もちろん、僕には何のことをいわれているのか全く皆目見当もつかない。
「気にするなアッキー、頑張ってその銀色やっつけるべ」
っていう。押し込む様に言って来る。
まあ、そうだね、まずは一匹くらいは倒さないとだよ。って、その時の僕は、この単純な作業にほとほと疲れていて、正常な判断とかできなかったんだよ。
だから、ズルをしましょう。
って、そんな提案に乗ってしまったんだ。
え? 今の僕じゃないよな?
それは何かからの提案で、そして受託したのは僕だった。
その一瞬の迷いの間に、僕は手にしていた錫杖を落としそうになる。
いや、違うな、錫杖の持ってる所の太さが変わった。いや、形そのものが変わる。
落としそうになる。けど、なんとかつかみなおして、その先端がそのまま床に、向かうんだけど、おかしいな、床にたどりつかない。距離が変わったんだ。短くなってる。
で、漸く床にたどり着いた瞬間に、それは金属の音色を一回鳴らして、なんと床に突き刺さる。
いや、ありえないでしょ? だって、これ木の棒だよ、言ってしまえば、って、僕の手を見ると、そこにあるのは、まごうことなき剣がにぎられてたんだ。
驚く僕に、その手から、だから剣から放たれる、いや放たれたであろう残滓が手に残り、同時に、時間をかけて、どれほどの距離があるんだよってくらい、地下深くにあるであろう、銀色のヤツの本体を貫く感触が、フィードバックして来る。跳ね返って来る。
え? 倒した??
引き上げる手には、もともと持ってた錫杖。
僕はその瞬間に自分の持っていた剣を、だから銀色のヤツを貫いたその刃をまるで霧散するみたいに忘れたんだ。
なにか持ってた。
でもそれはとるに足らないことで当たり前の事。
だから覚えておく必要も無いって、そう思うんだ。
床の銀色のシミは、まるで揮発するように、音を立てて消えてゆく。
あ、今、気が付いたけど、僕の周りには結構な数の人がいた。ギルドの人とか、そうじゃない人もいつの間にか集まってた。
このスライムの消え方が騒がしかったからかも、って思う僕は、その人だかりの中心にいた真希さんを見つめて、
「やっと一匹目ですよ」
って言ったらさ、真希さん、
「よくやったべ、たいしたもんだ」
って、満面の笑みを向けてくれたんだ。
もう、疲れて二匹目いけるかなあ…。
背中に支えてくれる春夏さんを感じて、振り返ると、
「お疲れさま秋くん、おめでとう、スライム退治、がんばったね」
おお、僕、ふらついてしまったんだね。春夏さんに支えられて初めて気が付いた。
なんとか一匹かあ…、なんとも情けないダンジョンデビューだけど、知らない人その他大勢みんな拍手してくれるから、ま、いいか。
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