閑話休題3−25喜耒薫子、戯れる】
一応、ギルドには宿直的な、夜間警戒の人員はいるが、実際には夜に何か起こるわけもなく、概ね自宅待機になる。その代わりに各ゲートには外部に警備会社の人員が張り付き深夜の番をしてくれるのが常となっている。
もちろん、彼らもまた元ダンジョンウォーカーであるのは言うまでもないだろう。
そんな、夜間警備している元ダンジョンウォーカー達は、ある変化を感じていた。
最近、ダンジョンに出入りする外国人が数人いて、その人物達は最初は不適当多数の人物がいたが、ここ一週間くらいは、4人と言う人数に絞られてきていた。一応、ギルド並びに公安には連絡は入れているものの、今日もまた日中帯に入って、先ほど出てきている。その姿を見て、元ダンジョンウォーカーの現大学生の者は思う。
なんか札幌ダンジョンもワールドワイドになってきたなあ、のんびりとと過ぎ去りし日々を思い出して胸熱になっている今日この頃である。現在の彼にとって、心の中はもうは入れなくなってしまったダンジョンより、明日の受業の方であり単位であるので、今まさに迫っているダンジョンの危機に気がつかないでいるのは仕方のないことであった。
しかし、今はまだ、このダンジョンがある札幌の街は平和に茜色の空から夜に沈んで行った。
「戻りました」
そう言って、家の玄関を入るのは少し照れながら、視線を泳がせる薫子だった。
「ただいま、でしょ、薫子」
とキッチンからパタパタとスリッパで駆けて来るのは今日花だ。
そんな今日花を見て嬉しそうに、「た、ただいま、です」と言う薫子である。
「おかえりなさい」
と玄関に迎えに来てニコニコしている今日花である。
もうすっかり本物の親子の様だとも行かず薫子の方は未だぎごちない。
「今日はギルドのお仕事もう終わったのかしら?」
「はい、無事」
「そう、よかったわ、じゃあちょっとお手伝いしてもらおうかしら」
「はい、喜んで」
と薫子は靴を揃えて、家の中に上がろうとする。片膝をついて立ち上がろうとした瞬間に、今日花は、そんな薫子に近づいて、顔を付き合わせるくらいの近い距離、俗に言う恋人距離で
「足」
と突然言う。
「左で返します」
そう言い返すのは薫子だ。
「今のは悪手ね、避けて」
「はい、気をつけます、下がります」
「良いわね、追うわ」
「出ます」
次の言葉は2人同時だった。
今日花は
「胸」
と言った。
薫子は、
「首」
と言った。
そしていつの間にか凍てつくほどの緊張感に包まれた玄関の框付近の2人。それが直ぐに解れた。
一瞬、2人の顔は真剣そのもの目はしばらく見つめあって、そして同じタイミングで笑い合う。 あはは、とふふ、の笑顔が向かい合い、いつのまにかお互いの手を握り合っ
て いた姿勢は、そのまま今日花が立ち上がり、そのまま薫子の手を引いて立たせる。そして、今日花は言う。
「まだ、2手くらいね、意識を共有できるの」
「すいません、今日花様への首のイメージが今ひとつまとまりませんでした」
「ううん、良いのよ、まだ日が浅いんだから、2手くらいで十分よ、あ、でも3手目ちょっと見れたわよ、良いなぎ払いだったけど、薫子ちゃんには、もう少し短い剣の方がいいかしら、ちょっと長すぎるかもね」
薫子は思う、この今日花には、見えているのだ。ありもしないカシナートと、その細い首めがけてなぎ払ったその刃を。
改めて、ここに来れて良かったと、そう思う薫子であった。
「大丈夫よ、またやろうね、普通には強いんだから、後は私も頑張るからね」
こんな当たり前の事、多分、至らない自分を自覚してしまう気持ちを救ってくれる、支える様に受け止めてくれる様に普通の母親なら頑張っている娘を応援する、特にどうと言うこともない、どちらかというと日常な、そんな当たり前の事が堪らなく嬉しい薫子だった。
そして、本当にまだまだだと、薫子は自覚していた。
この今の一連の流れ、お互いに体の部位を言い合った行為は、はたから見ていると、多分、等の本人たち以外、―体何をやっているのか皆目見当がつかないだろう。
これは、高度なイメージによる模擬戦闘なのである。