閑話休題3−24【喜耒薫子、浮かび上がる疑問】
薫子は、より多くの人間によって支えられている、そんな事は前から知っているとは思うものの、それでも思った以上に、自分の視野が心が狭いということに気がつかされた。
自分が見えている以上に。もっと多くの、多分、見えていない人の人数の方が多いくらい沢山の人々の支えによって、この世界はできていて、それに支えられて生きている自分に、そんな当たり前のことを知ることができたのだ。もちろん、この当たり前の事実を知っていても自覚できている人間は少ない。
結局、自分の姿は、自分には見えない。
それを映し出す、他人という名の、大小さまざまな鏡が必要になるのだ。
そして、薫子は知る。自分に足りなかった鏡の存在。それは優しい、まるで春の日差しのような柔らかな光で自分を反射して、時に影を与えてくれて、大きくもなく小さくもない自分を見せてくれる。
するとどうだろう、硬い体がより強固に、そして、だらしなく溶けて無くしかけた心の何かがその器に戻ってきた。
実際にその考えは、薫子の特に肉体的に何を強くした訳でもないのであるが、そこは薫子の基軸を変えてくれた。人によってとか、時によってとかそう言った変動的な軸では無く、
『自分』というしっかりとして軸を手に入れたのだ。
それは薫子の意識として取り込まれる空気を変えて、水を変え、食べる意味を、休みの意味も変えて、どうしようもないほどの余った短い時間を消し去り、時間をかけて薫子の体を作り変えてくれる。
意味も無く、焦りや不安を感じていた寮の生活とはまるで違ってしまっていたのだ。
それは、まるで、砂漠のような簡素で寂しい世界を歩きさまよっていた自分が、例えようもない大きな樹に出会ったようだ。
もう、風も雨も、夜も、冬の寒さだって何も心配する必要はない。
こんな清々しい気分は久しくなかった。
これからも、こんな日々が続いて行くと思うと、心が弾む。
たった1つ。真壁秋がパンツ履いてくれないという事実以外は順風満帆な喜耒薫子である。
その後雪華が、なんとか自分も里親制度で真壁家へとごねまくるものの、ここ最近のギルドとしては平和に時間は過ぎて行く。
「すいません、私は、これで帰ります」
といつもは遅くまで残る薫子は、この所帰りが早い。
現在、ダンジョン内に入っている人間は、出退記録によると、400名弱だ。
本日は平日なので、多分、間も無くほとんどの人間はダンジョンから出て行くだろう。
シリカ事、ズー子、佐藤和子のマッピングによって表記される400弱の人を表す点の殆どは、概ね上昇の動きを示していた。
中に残る数名から数十名は、多分、夜を越しての『冒険者達』だと思われる。彼らは学生でも社会人でもなく、ダンジョンを生業とするもの達だ。行動的にもそれに伴う技能的にも概ね心配はいらない。
つまり、ダンジョンもまたいつも通り平和だという事である。
「じゃあねおやすみ、みんなも早く帰りなよ」
ちなみにこのギルドにいる3名の佐藤和子、ズー子、かずちゃん、シメントリー)は『帰るところを見たことがない。とも言われ、また、ギルドに住んでいるんじゃないかとまで言われている。
一応は札幌市内に住所はあるし、ズー子事、シリカに限っては札幌地下街や駅前で『北海道銘菓』の探索に積極的なのでそれはないと思われているし、ズー子さんに限ってはダンジョンには入れない年齢層の多くの(?)彼氏がいるらしいし、シンメトリーに限ってはその姿すら見た事ある人はいないらしく存在も怪しいと言われているが、実在はするらしい。謎の多い人物である。
薫子にとって以前ギルドにはその内部にいるにも関わらず、全てを知っている訳でも無く数多くの謎に包まれていている。
そんな中、帰り際に、薫子はふと思った。
そういえば、真希さんの帰る姿を見たことがないあ、と。
この前、雪華と一緒に着替えはしていたらしいから、帰ってはいるとは思うが、薫子はふと思い返しても見ても、彼女を外で見かけた覚えがまるでなかかった。
じゃあ、真希もこのダンジョンに住んでいるとでもいうのだろうか?
そんな考えに至る自分を「いや、まさか」と笑って、それ以上はこの時点では考えなかった。ともかく早く帰らないと、今日花が待っている。そう思うだけで自然と足は早り笑顔が溢れる薫子だった。