閑話休題3−22【喜耒薫子、お尻を見る?】
雪華は呟く。
思いのほか、体をこわばらせて、しかしその瞳はまさに羨望のまなざしとなって、思わず溢れ出す願望が、嫉妬が、羨望が口に出してしまった。
「姫様、ずるい」
この想いは、この心からの叫びは、もう口から排出される事を抑えられなかった。
「私も真壁先輩のお尻見たいです!」
横にいた奏は『うわ…』って顔をして思わず、自分の思いを訴えかける雪華の真面目で直向きなそれでいて追い詰められた表情から目をそらしてしまう。
雪華がゆっくりと壊れて行く。
真壁秋が絡むと、この真面目を絵に描いたような自慢の友人がかなりの頻度で壊れる。親友の奏の立場は、一刻も早くなんとかしないと、とう気持ちになる。絶対に雪華を見捨てる物かというチームプレイで鍛えまくったある種の筋肉で構成された脳が生み出す思考は、つまり、なんとかして真壁秋という先輩にパンツを履かせないと、という結論に達する訳で、問題を無くしてしまう方法を選択する。
この使命感によって、この事実、つまり真壁秋がパンツ履いていないと言う切り取られた事実は真面目から出発して面白おかしくダンジョン全体に拡散して行くことになる。つまり真壁秋にとっての新たな修羅場が開始されてしまったと言う訳だ。
ちなみに、雪華はこの発言以降、可愛くて可憐で利発で控えめで『エロい』子というイメージが張り付いてしまう事になる。もちろん、この発言も、態度も全ては憧れの真壁先輩への想い故で、そこには純粋な思いしかないのでエロくないと言うのが雪華の一貫した意識である。
それはともかく、つまり、現状、一緒に生活して数日経つにも関わらず、真壁秋は薫子を全く意識していないと言うか認識していないと言うのが現状らしい。
それほどまでに、宝箱の鍵を開けると言う特殊技能は彼の心を支配していた。
「一応は、ツギに声はかけているだべがな、まあ、ルー子も気にしてやってくれ、また変な動きされると困るからなあ、あいつ、何も考えてないけど、大迷惑なスペックだからな、頼むよルー子」
と言われて、そこは素直に頷く薫子である。
そして、真希はそんな薫子を見て、
「なんか、最初は不安だったけど、良かったべ、ルー子を紹介して、いい感じってのは見ていてわかるべ」
「はい、私、『母』を知りませんので、なんか照れくさいですけど、すごい包み込まれているって言う安心感って言うか、今日花様と真壁秋の関係を見ていても、信頼と言うのか、なんだかうまく言えませんが、人の母親とはすごい人でした」
と照れ照れで笑顔になる薫子であるが。
「気のせい気のせい、男の子の母親なんてものは、本気でウザがられている息子に対しても『この子の本心をわかってあげられるのは私だけ』とか痛い錯覚している悲しい生き物だべさ、概ねそんな恥ずかしい勘違いしたまま一生を終えるべさ」
と言い切ってから、
「なあ、麻生」
と確認を取るも、
「俺に聞くなよ」
とにべもなく断れる。
「いや、あの、真希さん…」
と薫子も若干引いてしまう。
今日花と真希、この2人は多分、知り合い。いいや、弟子とか里親とかを頼んでしまえるくらいの仲のようで、一体どのような関係だった疑問を持ってしまう薫子だ。友人というには2人の年齢は離れすぎているし、そもそも真壁秋と真希が知り合いだという話は、ギルドの中でも聞いたことがなかった。今の所、今日花の方は真希の事を話す事はないのであるが、そのうち聞いてみようと思う薫子だ。
今回のことで、薫子は大きな視点を手にいれた、それはダンジョンの事をダンジョンの外から考えるという視点だ。
これは、得難い視点であり、まるでダンジョンの為だけに北海道に来た薫子にとっては、当たり前で新鮮な現実だった。