閑話休題3−19【喜耒薫子、真壁秋と同じ屋根の下】
あの殲滅の凶歌が、あの真壁秋の母。
びっくりするのと、どこか納得するところもあるのか、金魚みたいに目を見開いて口をパクパクしている。
「いや、私もさ、こんなに簡単に引き受けてくれるとは思わかたんだべさ、いやいや、あいつも丸くなったもんだべ、ほんとにさ」
「なんだ、ちょっと異常だよなあ、なんて思ってたんだけど、伝説の人の直系かよ、そりゃあ強い訳だよなあ」
一方、雪華はとは言うと、恋する乙女補正のかかっている状態での真壁秋に対して、今も尚、この北海道ダンジョンで最強を歌う伝説伝承が母親という新たな素材に、ますます真壁秋の『王子様化』に拍車がかかって、『はわわ』になっている。
しかし、雪華はそんな状態の中、自分の中で新たな高みに登る真壁秋を構成する材料の中に新たに加えれるべき内容にちょっとおかしくて余計な物が混ざっていた事に気がつく。
先ほどの真希との会話の一言一句を思い出し、選出され、異物のようなものがはじき出された。
「え? 真壁先輩のお母さんが姫様のご飯を作るってどういう事ですか?」
「今、ルー子は寮を出て、アッキーの家のお世話になってるんだよ、ほら、里親制度?だったっけ?」
「ということは、姫様は、今真壁先輩の家にいる、つまり生活を共にしているという事ですか?」
「そうだよ、そう言ってるべさ」
と言ってから、
「で、ルー子はアッキーと仲直りできたのかい?」
「いえ、それが」
と、薫子にしてはめずらく、恥ずかしそうにと言うかばつが悪そうにモジモジしている。そしてそんな様子を見ていた雪華は、無駄にショックを受けていた。
雪華は思う。そして確信して、それは衝撃的だった。
完全にノーマークだった。
まさかここで、姫様こと、喜耒薫子が雪華にとっての王子様、真壁秋の近くに浮上して来るなんて、考えもしていなかった。
想像だにしていなかった。
まさか、真壁秋の近隣にその生活圏に薫子が踊り出るなんて、全く考えないだろう。
何もかもが違いすぎる。お互いの立場や考え方、その生き方とか、たぶん、趣向とか物の考え方とか何1つ接点などない。
何よりお互いが、このダンジョンを代表する、『王』というスキルを持つために、敵対はあっても迎合は無い筈、というか、ギルドと真壁秋の関係が改善されていれる今、むしろどのようにうまく付き合って行くのだろうか? くらいの事は考えていた雪華だった。それが、今、なんの予測も予備動作も無しに、お互いの生活圏を完全に重ねているという。
完全に修羅場化した雪華の思考回路を他所に真希と薫子の会話は勧められている。
「なんだって? アッキーがルー子を無視するってかい?」
「いや、無視というものではなくて、完全に認識されていないと言いますか……」
「どういう事だい?」
「はい、なんでも『宝箱の鍵開け』について頭が一杯になっているようで、家にいる時はずっとそのことを考え込んでいて、今日花様に言わせると、一度ああなった真壁秋は何を言ってもどうしても外部を認識しないそうです。これは家の中にいる時には割と珍しくない状態だそうで、今日花様もほっておいておられます」
そんなことを滔々と話す薫子の横顔を見ながら、雪華は思う。
最近、特に綺麗になったかもしれないなあ、とは思っていた。もちろん、薫子は綺麗な人だ。元から各方面にも人気はあった。学校でも、その人気は『東雲春夏』と二分するとも言われ、これに親しみ易さや包容力とか優しさとかが加わって来ると、ここに葉山静流が現れて、一気にトップに君臨する。
ともかくこの雪華の通う学校では中高一貫でありながら、この3人が王座の位置にいる。ちなみに、高校でのトップは最近妙にいろっぽくなったと、教員にすらその魅力を発揮するようになった椎名 芽楼が君臨している。