閑話休題3−17【喜耒薫子、復活する】
ここはギルド本部前、北海道ダンジョンの中のほぼ地表に近い、地下1階のいわゆる通称スライムの森。
そのギルドの建物の前で、『とりゃー!』とか『ぐわあ〜!』とか、『まだまだ!』とか、主に相馬奏の威勢のいい声だけがやたらと響いていた。
そしてその最後にはガチャンと言う派手な音が響いた後に、
「姫様、もう一本だ、もう一回だ」
悔しさを滲ませたそんな声が聞こえてくる。なお、悲壮感はない。
疲労も困憊な相馬奏は、なんとか立ち上がろうとするも、すでに足には力の入らない状態で、薫子の前に生まれたての子馬みたいな格好をしている。これで35回連続で自分を倒してその姿を見下げている喜耒薫子にそんな事を言った。
「いいが、何度やっても同じだぞ、相馬奏」
と言いながら、起き上がろうとする俗に言うへっぴり腰になっている奏にその手を差し伸べた。
「おかしいなあ、あれから未だ数日しか経ってないのに、この変化はなんだ?」
と、とても納得のいかない奏は呟く。それでも、本来と言うか、今までの喜耒薫子が戻って来てくれた様な気がして嬉しい奏だ。前に戦った時とは全くの別人と言ってもいい今の薫子であった。
そんな姿を側から見ているのは、事実上のギルドの長、工藤真希と奏のホストファミリーで親友の川岸雪華だ。
ついさっきまで、ここギルドの中に真壁秋とその一行がいて、薫子とは、『避けてるんじゃないか』って言うタイミングで深階層への探索から戻ってきたので丁度いれちがだった様で、よって雪華と真希は帰りの支度を済ませていて、普通の服、つまりギルドのジャージではなく、真希もスライムの森の案内用のローブでもなく、私服姿をしている。
本日のギルドはもう終了の時刻を迎えていた。
「姫様、どっかで修行でもしてるのかよ? なあ、私にも教えてくれよ」
と薫子に縋って、ややウザい奏でだ。
「すごいですね、この前とは全然違います、自信を取り戻したって言うのも違う気がします、本来の姿を知ったみたいな感じ、自信を失う前も強かったですが。今の方がもっと強いですよね、姫様」
と雪華の言葉に、
「まあな、師匠とがっちり噛み合ったみたいだしな、杞憂は去ったようだべさ」
そんな会話を耳に入れた奏は、全速力で這いながらやって来て、
「うわ、キモ!」
などと、真希に言われるも、そこは持ち前のガッツと根性でしがみつくように、
「工藤さん、私も、一緒に修行したいです、姫様だけなんてズルい!!!」
頭の先からつま先まで全身がアスリート気質な奏は自身の能力の向上に余念がない。
「麻生さん以外にも、ギルドに剣を教える人がいるなんて意外ですね」
「いや、ギルドの人じゃないよ」
「札雷館ですか?」
「ううんにゃ、一般の主婦、元ダンジョンウォーカーな奴だよ、暇してるって言うから薫子を預けることにしたんだべさ」
暇、主婦って聞いた雪華は、
「え?大丈夫なんですか?」
と思わず聞いてしまう。よりにもよって、今後ギルドを背負って立つような薫子をそんな人に任せて大丈夫なのか一抹の不安を持ってしまったようだ。
「結果は出てるべさ」
もう一回薫子を見る雪華だ。
やっぱり、以前とは違っている、と言うか雰囲気が違う。
余裕があると言うか、漂っている感じが、どこかで見た感じ。
なんて言うか、全体的に用心しながらどこか飄々としていて、いい加減、人を馬鹿にしているように見えてもどことなく自然体。それに体の動きっていうか、それを支えている下半身を動かす歩法によって可動する筋肉のモーションをどこかで見たような。
一瞬だった、閃くような脳裏に雪華にはあの真壁秋の後ろ姿が脳裏をよぎった。