閑話休題3−9【喜耒薫子、納得する】
今日花の手によって、空中に保持される強盗。
その大男の目は、自分に起こっている事象への不理解と、理不尽、そして怯えがある。彼の目は、表情は薫子に語りかける。
これは何だ?
もちろん、それは薫子に分かるはずも無い。
現状を簡単に説明すると、今日花は自分に振り下ろされたその大きな刃物、青龍刀を掴んで頭の上に掲げただけだ。問題なのは、その青龍刀には握った手があって、そしてその手にはもちろん、この家に入ろうとした強盗の本体である体がついている。と言うのが今の状態だ。
普通、と言うか、これが今日花でなければ青龍刀は大男の手から奪われる、と言う形で終了するはずなのである。
もちろん、今日花もそれをしようと思っていたが、最近、少しこういった荒事から離れていた所為で加減を誤ってしまう。つい自分の息子用の対処を一般の人に行ってしまった。
ダンジョンに入るようになった息子は最近あまりかまってくれなくなっていたから、ちょっと実践を離れていて失敗してしまったようだ。
反応できなかった。
この、襲いかかってきた大男はこの国に関わらず、世界を股にかけて強盗の様な、いわば犯罪を繰り返して、それを生きる糧にしてきた人間である。つまり犯罪者のプロというわけで、残念ながら『真壁秋』である今日花の1人息子では無い。
だから、本来、この速度で展開される戦いは知らなかった。
彼は一般に普通の強盗であって一般人もしくは警備などと事は構えても、ダンジョンウォーカーとの対峙は初めてのことで、しかもそのダンジョンウォーカーの中でもかなり飛び抜けた高度な戦闘力を持つ、この世界には今まで認識されなかった存在を知るはずもなかった。
だから、こうして噛み合わない戦いとなってしまった。
これは、外国人である彼なら仕方のないことだと言える。彼は北海道を、このダンジョンのある街、札幌を知らないのだ。
銃で武装する人間は知っていても、北海道ダンジョンで訓練も受けず、実践しか知らない子供時代を過ごしていた彼らダンジョンウォーカーを認識として知ってはいたかもしれなが実感としては認識しきれていなかったのだ。
光の届かないダンジョンの奥底で、モンスターと呼ばれる強大な敵に剣とスキルで立ち向かうダンジョンウォーカーを知りはしないのだ。
そんな今日花が生み出すデタラメな力にその速度、手を離す時間なんてなかった、振り下ろした体の姿勢を直す間も無かっただけのことだ。
ようやく、持ち上げられた男の体が今日花が作った慣性から解き放たれ重力を思い出して落下を開始しようとする。
もちろん、このままってわけにもいかないので、今日花はそのまま簡単に処置した。
可愛く言ったら、持ち上げていた『強盗さん』をポイってした。
事実と解説を加えるなら、今日花は掴むその手にほんの僅かに力を加えて、下にいるか弱い女性2人に対して攻撃どころかその身を守る受け身も取れないタイミングと速度で大地に叩きつけた。
もちろん、専業主婦として、家人として殺す様な真似はしたくない今日花だ。なるべくなら自分の家の敷地で死人など出したくないのは当たり前の事だ。縁起でもないと、思う今日花だ。
そしてその一連の作業とも言えるだけの戦いを見て、今まで自分の体験していた世界との乖離に「ははは」と笑ってしまう薫子だ。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
と今日花はかわらぬ笑顔で薫子に言った。そして、その言葉で改めてああ、終わった、と思うのは薫子だった。
強いとか、すごいとか、もうそんなことでは済ませられないのは実感している。
でも、否定はしない。
薫子は認識を持っている。許容がある。なぜなら彼女はダンジョンウォーカーだ、しかもギルドの構成員の1人だ、他のダンジョンウォーカーよりも多くの事象を知っている。
そのダンジョンがあるこの街にはそんなこともあるだろうさ、と、その可能性を納得していた。
そして何故かあの時の真壁秋の戦う姿を思い出す。
あのエルダーモンスターを交えた大騒動。その危機的な状況で特に深刻になる様子もなく、のほほんと平然と平気な顔をしてこの治安組織であるギルドに敵対してきた彼を思い出して、これが彼の日常たと知った時、あいつの母親だものなあ、と思えた。納得できた薫子であった。