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閑話休題3−7【喜耒薫子、決壊する】

 無責任な言葉。


 場当たり的な言葉。


 ただの言葉。


 言葉、言葉。


 でも、なぜだろう。


 その女性の言葉と、触れる場所がとても暖かく感じられてしまった。


 かけられた、とても無責任とも思える、おそらくその場だけの言葉が優しく薫子の心に染み渡ってくる。


 同時にそれは、自分の今の温度の低さ、体も心も冷たくなっている自分を知ることに他ならなかった。


 「いえ、私は、大丈夫です」


 自分で言っていて笑ってしまう薫子だ。


 何がどう大丈夫なのだろう。全然ダメだろ、と今もまだ思う薫子だ。


 「我慢しなくていいんだよ」


 不意に差し出されて言葉に、薫子は思う。


 一体何を我慢しなくていいのだろう?


 しかし、その言葉は今初めて出会った初対面の女性から出されて、簡単に操作をされてしまう。薫子の冷たく頑な外郭を一気にパージする。色々なものから自分を守ってくれていると思っていた物、彼女が自身に課した壁、そして、偽った強さ。同時にそれはどうしようもなく隠してしまいこんでいた弱さの出現でもある。


 そこに触れられて、薫子は嗚咽してしまう。


 おかしい、こんなのおかしい。


 そう薫子は思う。


 気がついた時、薫子は、自分の頬を伝う、暖かい涙を自覚した。


 それはとどまる事なく目からあふれ出ていた。 


 「あれ? 何だ、これ?」


 と言葉を出そうとするが、その口は、喉は泣き叫ぼうとする。嫌だ、泣きたくなんてない。みっともない、初めて会った人の前で、しかもあの真壁秋の関係者の前で、こんなみっともない姿を晒すなんて、悔しい。ちがう。こんな筈じゃない、私は強くなりにここに来たんだ。


 どんどん溢れてくる、止まる気配もない無自覚な涙を拭きながら、


 「すいません、私どうかしてるんです」


 なんとか深呼吸をして、顔を見せないように俯いて、涙を拭う手を、優しく声をかけてその女性、おそらく真壁今日花に向かい、拒否の形を作って遠ざけようと差し出す。


 しかし、彼女、今日花はそれを許さない。


 薫子の手を取って、その腕を自分の背に、そして、薫子の頭を抱え込んで抱きしめる。


 「よしよし」


 そっと頭を撫でられてしまう。


 ダメだ、これはダメだ。


 もう、これ以上の抵抗ができない。


 堰を切ったように泣き出す薫子は、「ごめんなさい」と言った。


 「うん、いいよ」


 と今日花言ってくれる。


 そして、


 「私、頑張ったのになあ」


 と、まるで愚痴るよように言う。


 「そうだね、うん、わかるから」


 まるで、その声はお日様の光の様、薫子を温かく包む。


 どうしてか、薫子はどうしようもなく、この初めて会う女性に出会ったことの無い懐かしさを感じてしまう。


 あっという間に全てを包み込まれてしまった。


 だめだ、もう抵抗なんてできない。自分の頭を抱きしめるその手が、頭の上に置かれたその手がたまらなくうれしかった。


 何を、どうして、この人から抵抗しようなんてしていたんだろう?


 自分の一瞬前の思考と行為を、だから抵抗のバカらしさを思い知り、今はただ甘えていたい薫子だった。


 そうか、母さんってこんな匂いがするんだな、と薫子は思った。


 きっとこの優しい彼女からのフレグランス、優しく愛おしさがどんどん自分の中から溢れてくる。


 しかし、彼女、薫子もまた、それなりの経験を積んだ剣士であり、ギルドの屋台骨をささえる戦士でもある。


 それはよく嗅ぐ匂い、ダンジョンでの荒事での中に存在する匂い。


 簡単だ、すぐにわかった。


 「血の匂い??」


 さすがの絶賛甘え中の薫子もその顔を、今日花にうずめながらも声にしてしまう。


 薫子を抱きかかえる今日花は、優しく彼女の頭の上から呟く。


 「今ね、強盗さんが来てるみたいなの、でも大丈夫よ、安心して、すぐにポイってしちゃうから」


 思わず、「ふえ?」なんて声を出してしまう薫子であった。


 彼女はまだ知らない。


 今、まさに伝説伝承に抱かれている事を……。


 薫子を包み、優しく慈しみ微笑む彼女こそ、一瞬撃滅、瞬間殲滅、ダンジョンを去って尚、未だ最強を謳われる『殲滅の凶歌』その人であるという事を……。

 

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