閑話休題3−3【喜耒薫子、取り乱す】
それでも薫子は思うのだ。
本当に感謝したいくらいだと。
そして、それを思い、感謝という言葉を思いはせる時、
「いや〜、僕、ただのダンジョンウォーカーだし」
ってヘラって笑う真壁秋の笑顔を想像しては、叫び出しそうな自分を必死に抑える。
「姫さま?」
「薫子さん!」
先ほどからずっと、雪華と奏では薫子に声をかけていたが、この思考に陥った薫子は、自身の心に蓋をして、無駄に固めてた心に、真壁秋のあの時のホンの数秒交わして得られてた、彼の言葉が跳ね回って彼女の心をかき乱す。それを抑えようと、さらに跳ね回る真壁秋の言葉に速度と頻度に拍車がかかって、思えば思うほど、世界を閉ざしてしまう薫子はそれに気がつかない。
このところ、ずっとこんな調子だ。
仕方なく、
「えい」
と小さい掛け声とともに、雪華は彼女の専用スキル、メディックの因子を数個、薫子に向ける。
「うわ! 痛い!」
と叫ぶ薫子だ。
仕方なく雪華は薫子の痛覚を直接刺激したのである。一般に誰にでも優しい雪華ではあるが、こういう時は案外容赦が無い。
「何をする川岸雪華!」
「あ、気がついた、真希さん来てるぜ」
と言葉を繋げるのは奏でであった。
「私がやれって言ったんだよ」
そこには、この事実上のこの組織の最高幹部、建前上ギルドの中は皆平等と言われてい中で、外も中も、誰もが認める現在に置けるダンジョンの最高峰と言われる工藤真希である。
「真希さん」
と、いきなり迫る薫子の頭一つ小さな真希は、そんな薫子の顔を見て苦笑いしながら、
「なんかやってるなあ、って見に来たべさ、したっけ、まだ引きずってるのかい?」
と、心配そうに言われる薫子だ。もちろん、言われた彼女としては、いけない、心配をかけてる、そう思ってしまう。
「いえ、大丈夫です」
とキッパリ!という。
「本当かい?」
「ええ、心配には及びません」
「ふーん」
「ほら、この通り、怪我なんかもしていません、元気ですよ」
すると、真希は、ふと周りを見渡して、急に手を降って叫ぶ。
「あ、アッキーだ、おーい!」
ハッ! っとして、周りを見渡して、真希の見ている方向を見て、何かに備えようとするもその備える内容も思いつかないようで、分かりやすく取り乱して思わず手にしていたカシナートを落としてしまう薫子だった。
「ああ、違う、いや、しまった!」
と分かりやすく取り乱して、その言動も取り留めもない。
「重症だべさ」
と真希は言った。もちろん、今真希が叫んだ相手、アッキー事、真壁秋がさもそこに現れたかのように声をかけたのは、嘘偽りであり、薫子を試して見た。と言う奴である。
そして、そのことに気がついた薫子は、
「くっ」
と悔しそうに、苦悶の表情と声を漏らす。
「え? 真壁先輩来たの? どこ、どこ、奏、どこにいるの?」
真希の意図とは全く関係無く、ここにも綺麗に騙されている人間がいた。こちらの騙された雪華の表情は薫子とは全く異なり、とても明るい。
勿論、真壁秋の姿など何処にもない。
「ほんと、どうしたもんかね?」
これは薫子に対してである、雪華の方は医者も登別(草津ともいう)の湯でも治療は不可能な方なので放っておく真希だ。
薫子は取り乱して、試されたと悟って、まんまと引っかかって、自分すら想像していなかった恥ずかしいほどの反応に、顔を紅潮させる。
しかし、1つ大きな息を吸い込んで、そして吐き出す。
その姿に、ああ、この子も成長してるなあ、なんて親心を持って少しの安心をして見つめる真希だ。以前なら、なんとでも誤魔化していらない言い訳をしていただろう。一応は決着のついた薫子の心境に、少し感心していた真希ではあった。
あの時の邂逅。
全部混ざった、あの長い一日。
手を出さず、見守っていた甲斐があったものだと、ダンジョン内でも一二を争う過保護者はそんな風に感心していた。
そんな微笑み見守るスタンスの真希に、まるで意を決したように薫子は言う。
「工藤さん、私を鍛えてもらえませんか?」
「私がかい?」
「はい、真希さんがいいんです」
「でも、ルー子にはルー子のスタイルがあるっしょ? んで、それを踏まえた上で、麻生に面倒見てもらってたべ」
ギルドの運営上も、そしてこれからの薫子のダンジョンウォーカーの進み方としてはこの上ない環境なはずだったのだ。
言うなれば、資質のあるスキル持ちのエリートクラスが、十分に経験を積んだスイも辛いもわかっている熟練のダンジョンウォーカーに師事しているのだ。足りないとことは余すことなく麻生が全部やってくれる。多分、あと2年もすれば、資質で麻生の上を行く薫子がこのギルドを実質上運営して行くだろう。