第14話【春夏さんは渡さない、でも河童巻きでいいですよ】
「一体、これはどう言うこと?」
そう言うのは、さっき僕の殺意を大きさな号令でかき消してくれた冴木さんだ。
その顔は今までに見たことがないくらいの怒気に染まっている。もちろん僕ではなく、相手はダンディさんだ。
「いや、翔子ちゃん、これは」
「なんで、拓海くんが真壁くんを呼びだしてるの? どうして私闘をしていたの? なぜ殺されかかっていたの? 全部説明して」
ものすごい迫力で怒っているけど、それでも冷静さを保つように言葉を平く並べるように言うのが余計に怖い。
「い、やだって、僕だって、仕事でさ、つまり、こんな筈じゃあ…」
一々歯切れの悪い先ほど流暢で人を食ったような喋り方とはまるで違うくて、まるで、冴木さんには真摯でいたいと言うのが透けて見える。
「君島、私を呼んだのはいい判断よ、けど、私の名前を語って真壁くんを呼び出したのは何故?」
と、かなり上からの、あの時の地下歩行空間での後輩にも気を使っている冴木さんはここにはいないようだ。って言うか、冴木さんを呼んだのは君島くんさんだったんだ。
じゃあ春夏さんは?
と僕は春夏さんから離れて、春夏さんを見てみると、春夏さんはただ微笑むばかりだ。
「でも、どうして春夏さんがここに?」
すると、桃井君が、
「春夏様を呼んだのは僕です、前からのお約束で、秋様の影に入るときは、何かあったら春夏様に連絡するように言いつけられていましたので、秋様の影に入る以上は僕には春夏様に報告通報の義務があるのです」
僕の影の所有権はどうやら春夏さんにあるみたいだ。ってか、この様子だと、結構前からこの子僕の影に紛れていたんだな、今度機会を設けてその辺を一度はっきりさせてみようと思う。
ちなみに、この窮地に春夏さんはお父さんを置いて駆けつけてくれたそうだ。なんか春夏さんのお父さん、ごめんなさい。
僕らの方は一応納得な感じではあるのだけど、あのダンディさんと冴木さんは、もう大きな声で怒鳴りあっていた。
ああ、そうか、この時点で、ダンディさんが言っていた可憐で優美な女性の指す人物が、冴木さんの事だったのか、ってわかってしまうなかなか感の鋭い僕であった。
何を勘違いているのか、僕と冴木さんがそんな仲になるはずないじゃあないか、何をトチ狂った事いっていたんだろう、この人。
と若干冷めた目でダンディさんを見てしまう僕がいる。
男の嫉妬ってもしかして見境とかないのかな? 同じ男性である僕もそんな感情があるんだろうか? うう、嫌だなあ。
そんな葛藤を繰り広げる僕の前で、冴木さんとダンディさんはドンドン熱くなって言い合いをしている。
「だって、君が、あの剣を持ち出したりしたから、僕がここに派遣されてきたわけだろ、そもそもの原因は君じゃないか!」
「仕方ないでしょ、あの『剣』、真壁君に似合うと思ったんだもの、現に使いこなしているじゃない、拓海くんだって、身を持って分かったでっしょ、あの剣は真壁君に使われるため作られたのよ」
「それにしたって、段取りってモンがあるだろ、君がやったことって、横領、いや君は直接絡んでいない案件だから、窃盗だろ、何も言わずに黙って持ち去って、どう言い訳するんだ?」
「それは悪かったわ」
「悪いですまないだろ、第一、君は警察官だろ、それが、窃盗だなんて、一体何を考えてるんだ?」
なんか、僕が冴木さんに借りている剣の出所の話みたい。冴木さんかなり無茶してこの剣を手に入れた事が2人の会話からうかがい知る事ができる。
これは、黙って返すかなあ、って思っている僕だったりする。だって、冴木さんを犯罪者にする訳に行かないからね。
最初は勢いのあった冴木さんだけど、ダンディさんの論理的な口撃にどんどんやり込められて、ついには言葉もでなくなっている。
「ともかく、この件については、こっちで何とかするから、もう君はタッチしてはダメだ、分かったね」
とそれでもどこかに甘さの残る言い方でダンディさんは言うんだけど、
「そんなに言う事ないじゃない」
って、冴木さん、はらはらと涙を零して言うんだよ。
この表情を見たダンディさん、物の見事に狼狽えていた。もう、顔なんて一発で焦っているのが丸わかりの表情。
「あ、いや、その、なんだ、ごめん、いや、そんなに攻めているつもりじゃあ」
って、急にダンディさんの攻勢が甘くなると言うか旗色が悪くなる。
すごいなあ、女の涙。一発で攻勢をひっくり返した。
「わかりました、私、犯罪者です、もう、自首します」
と言い出す。
「い、いや、いいんだよ、いいの、自首なんてしなくていいんだよ」
「だって、私、悪いんでしょ?」
「悪くないよ悪くない、翔子ちゃんは何も悪くない、大丈夫、俺がなんとかするから」
「でも、それじゃあ、拓海くん迷惑かかる」
と涙をすすり上げながら、そう冴木さんは言った。
「迷惑だなんて、そんな事、全く思ってないよ、いいんだよ、俺を頼っても、なんとかするからね、翔子ちゃんは悪くない、悪いわけがないんだ」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだよ、任せてよ、俺がなんとかするからね」
その言葉に、冴木さんは泣き顔から微笑みに、そして、
「よかった、ありがとう拓海くん」
と言った。ごめんなさい、どうもうまく反応できない、基本的には冴木さんの味方をしたいけど、なんだろう、ちょっとダンディさんの立場が心の隙間に入ってきて困る。
一連の会話を聞いていて思ったことは、なんだろこれ? の一言だよ。
「よかった、仲直りできて」
と言うのは春夏さんだ。
もうちょっとで、『え?』って言いそうになる。
「あの2人、婚約しているの、仲がいいの」
と教えてくれた。
「ごめんなさい、真壁くん、みっともないとこ見せてしまったわね」
と次の瞬間いは、すでにいつもの冴木さんに戻っている。普通に大人の女性だよ。
「これで、この剣は晴れて君のものになったわ、そうよね、拓海くん」
と念を押す冴木さんだ。
不意に言われたダンディさん、これもまた『え?』って顔して、ニコニコしている冴木さんを見て。一瞬で深く考え込んで浮上して、とって付けた様な笑顔で、
「あー、つまりだな、そう言うわけだな、預かりって形でいいよ、うん、まあ、それでいいよ、もう、それでいい」
気がついたら、潮目が引くように、この『漢館』にはあれだけいたいかつい人たちは誰もいなくなっていた。君島くんさんさえ消えていた。残されたのは、普通にダンディさんと僕らだけになった。
そうか、本当に、すっかり解決なんだな。
「そうだ、迷惑かけたお詫びに、みんなでご飯だべに行きましょうよ、拓海くんはね、すごいお給料高いけど、つかわないから、たくさん持ってるのよ」
「うんそうだね、いいね」
って言うダンディさん、。『ええー!』って顔してるよ、大丈夫?
「拓海くん、私、回っていないお寿司食べたい」
笑顔で、破壊力の極めて大きなオーダーが入る。
「僕もいいんですか、僕、ウニしか食べられないんだけど」
と言う桃井君も容赦のカケラもない。
「じゃあ、私、車出すわね、ああ楽しみだわ」
と、なぜか、春夏さんと桃井君もついて行ってしまう。
なんとなく、残された僕とダンディさん。
「遠慮しなくていいからね」
ちょっと大丈夫? って顔色をしてそんな事を言ってくるから、思わず僕は、
「僕、河童巻きとか大好物ですから」
と言っておいた。
「ほんと? 助かるよ」
と呟くダンディいさん、財布の中身を確認しだした。
こういう時って見ないふりするのがマナーなんだっけ?
さっきまで、殺し殺されようとしていた人だけど、そんな人の財布の心配をしている僕って、ちょっと人が良すぎるのかもしれない。
まあ、ひとまず、グダグダだったけど、なんか一つの解決を見た感じだね。
もう、当分来ないぞ、札雷館。