第12話【ま真昼のダンディ】
声のした方、多分、姿映しのための大きな鏡が開いて、背広姿のすらりとしたおじさんが出てくる。あの中、倉庫になっているっぽい。
うん、初対面だ。間違いない。
僕の知り合いにこんな歳の男性はいない。
「真壁秋少年、初めて御目に掛かる」
と彼は僕にそう言った。
向こうの方はこっちを知ってる見たい。
「そちらの美人ちゃんは、桃井茜くんだね」
と美人と言ってからきちんとくんをつけているところからすると、この辺の事情も詳しいらしい。つまりダンジョンの事、あの事件の事もかもしれない。
「すまなかったな、剛、真壁少年の人としての力量を測るためとはいえ嫌な役をしてもらった、もう十分だ」
と、君島くんさんに労いの言葉を与えると、
「拓海さん」
と一言だけ言って、この茶番の主要人物の台から降りたみたいだ。おじさんが代わりに前に出ると、君島くんさんは、スッと下がってしまう。
そして主役は、この拓海と言われたダンディなおじさんに引き継がれた訳だ。
「おじさん誰?」
僕の思っていた事をズバッと聞いてくれるのは流石の桃井君だ。
「おいおい、おじさんは酷なあ、こう見えても、俺、まだ32前なんだぜ」
とダンディいな笑顔で告げる。
なんかおかしいよね、31歳って事なんだろうけど、普通32歳前っていうかな? 言わないよね、何かにしがみ付くダンディさんに見えた。それに31歳は十分おじさんだと思う。
すらりと長身に長い手足。上下背広姿で、短めにセットされた2ブロックの髪型に若干タレ目なそこからの視線で、僕の方を品定めするようにじっと見つめて、そしてまた笑った。
「いやあ、いいね、真壁少年、実にいい、人間ができてるなあ、あれだけの挑発に、あれだけの危機を演出しても、何の攻撃的衝動も起こさずに、敵意とかも出てこない、自然体だ、君は剣豪かなんかかい?」
「いえ、どこにでもいるダンジョンウォーカーですけど」
まあ、僕も中階層だしね、そろそろ堂々とそう名乗ってもいいんじゃないかって思ってね。
それに剣豪っていうなら、多分、その立場に近いのは春夏さんじゃないかな。僕なんてとてもとても。
「謙遜するなよ、ここにいる剛みたいに、オダっていいんだぞ、オラオラになれよ、若いんだから、調子付く時に調子付いておかないと、若さゆえに過ちとかも起こらないし、こっちとしても付け入る隙がないんだよなあ」
いやいや、付け入れられても。多分、剛ってのは君島くんさんのことなんだろうなあ。やっぱこの人オダってるんだ。この辺の見解は合致していて助かるなあ。この道場の雰囲気だと僕がちょっと普通の人として浮いてしまって気の毒な人みたいに見えるからね。
「ここにいる奴らは、みんな春夏ちゃんのファンみたいなもんでさ、まあ、そろいもそろってモテない連中だからさ、憧れるのがせいぜいみたいなもんなんだけどさ、ほら、君みたいに、春夏ちゃんとか、雪華ちゃんとか、薫子ちゃんとか、静流ちゃんとか、真希ちゃんとか可愛い女の子と一緒にいるようなそんな環境も無い、ただ剣の道に勤しむしかないようなかわいそうな奴らなんだよ」
「僕もいますしね」
と言う桃井くんは何故かドヤ顔だ。
「そうですよね、秋様、ね」
って念を押してくる。
んん、ああ、んん、なんかね、返答に困ってひとまず適当な相槌をしてみる。
それにしても、この人、随分僕やその周りの事に詳しいなあ。
ちょっと、気持ち悪いくらい、いろいろ知ってる。
その思考、僕の気持ちが一瞬、陰ったのをそのダンディさん、感じ取ったのか、
「真壁少年、そんなにしゃちほこばるなよ、俺は安全な男だよ、もう、俺以上安全な男なんていないって言うくらい安全な男だ、安心してくれていい」
まあ、普通、自分の事を安全だって言う人間に、本当に安全な人なんていない。そう思わせたい理由がある。
ほらほら、何か来るよ、超ヤバい時に来る活性が来た。妙に体に力が漲る、この前のレッドキャップにも出なかった反応だよ。クソ野郎さんと遊んだ時にも出なかった。
相手からの明らかな殺意。本当にぶっ殺してやるって感情が僕の全身にくまなく当たって来る。
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こんなのいつ以来だろう。
意識は音によって確認される。
マテリアルブレードは、黒い刃を受け止めて、弾く。
さっきまで僕の前、4、5mの距離を取って楽しく語らっていたダンディさんが、今は10cm満たない距離で剣を、そして顔をつきあわせている。
人のいい笑顔はそのままだったから、きっとプロだな、って思う。なんのプロかはしらないけどね。