閑話休題2-18【しょんぼりブルベリータルト】
彼が体験した恐怖から、それから逃れる為にこの請負頭で構成された覆偽体の化物を生み出し、挙句、本人の意識ではなく、完全にノーコントロールとなって無差別に攻撃をしていたと言うことが事のあらましのようだ。
「まあよかったよ、重も助かったし、俺もこの窮地で強くなったみたいだしな」
と水島は言った。あくまで、秋のスキルの一部、『麾下』で強くなっていたに過ぎない彼が、この勘違いによって、今後数ヶ月続くダンジョンウォーカーの進退に関わる絶不調に陥る事になる。
雪華はざっと、全員を見渡して、怪我の有無やメンタル、などの健康状態を見渡す。現在、雪華のスキル、メディックは、ざっくりとなら、見ただけでその人の簡単な健康状態くらいはわかる、しかも今は奏の『彩眼』もあるから、結構、深くまで見れるのが面白い。
大丈夫みたい、と倒れている鴨月を含めて、見渡し最後に見た人物で、思わす「きゃあ!」と悲鳴を上げて近寄って行く。
「東雲先輩、腕、腕が、腱が、筋肉が!」
と春夏の手をとって因子をばら撒く。深く知るほどに、彼女の腕の重傷さを知ることになる。筋肉が骨から剥がれてる、疲労も酷い。腱も、どれもが疲労の蓄積によるダメージで、このような症例ではメディックは役に立たない、ゆっくり休んで回復を待つしかない。
「これじゃあ、木刀なんて握れないはずじゃあ…」
「うん、でも、秋くんにとどめ任されたから、つい嬉しくって」
怪我の痛みも悪化も忘れて、一撃を入れたと言うことらしい。
普通にしているだけでも痛いはずなのだ、なのに春夏は顔色ひとつ変えずに、秋のリクエストに見事に答えていた。
「大丈夫よ、心配ないから」
と、不意に春夏の声が小さくなる。近くに秋が来たからだ。気取られまいとしている様子がわかる。この後に及んで心配をかけたく無いと言う気持ちが、雪華の心にも届いてくる。
しかし、春夏と、雪華の会話のカケラが耳に入ったようで、秋は、
「え? 春夏さん、怪我したの?」
と心配そうに春夏の顔を覗き込み、全身を見渡し、オロオロする。
「大丈夫だよ、平気だから」
隠そうとする春夏に、雪華は何か言おうとするが、春夏の気持ちを優先した方がいいのか、それとも、秋に事実を告げた方がいいのか、迷いが生じてしまう。
ここで何を言っても言わなくても、自分が卑怯な気がしてしまう。
「手首っす、ひどいみたいですよ」
とここで横から口を挟んで来たのは奏で、「マジかよダッセー怪我とかしてるんじゃねーよ、俺は平気だったぜ」とさらに横槍を入れ来た水島に蹴りを入れていた。
「春夏さん、帰るよ、病院に行こう」
慌てている秋には、ギルド最高のヒーラーの存在など忘れてた。もちろん、春夏の腕は『休み』が一番の滋養であって、魔法スキルでは効果が期待できない、その場で瞬く間にというわけには行かないのである。
秋は一度は春夏の手を取ろうとするが、
「あ、腕はダメなんだっけ? じゃあ」
と突然の、今回で2度目の春夏をお姫様だっこである。
「ちょ、ちょっと、秋くん、恥ずかしい」
「じゃあ、みんな、僕たちはこれで、ダンジョンから出るよ」
と、春夏の話などまるで聞かずに歩き出し、
「あ、真希さんによろしくね」
と言い残し、去って行った。
残されたのは、蹴りを入れらててから、「もう、お前は喋るな」と言われ、2、3度奏でに踏みつけられて、のたうち回る水島と、それを微笑ましく見つめる西木田、その横で、今は安らかな寝息を立てている鴨月。
そして、しょんぼりして、王の退場を見送る雪華と、その後ろに戻って来た奏だった。
雪華は思っていた。一度は距離が縮まったと考えていた秋との関係だったが、そこに春夏が加わってしまうと、秋と春夏、そして雪華の間には厚さ10センチの鉄板が突然現れて隔絶されてしまうような錯覚に陥る。いや、多分、実際そうなのだろう。
そんな感情に支配されている雪華を、『彩眼』などを介さずとも、その心境は察して有り余るものがある。
この場合、何を言ったらいいのか、それとも大人くく見守っておこうかとも考える奏は、その真ん中を取って、
「あー、なんだ、その、まあ、いろいろあるよ」
と言っても言わなくてもいいような差し障りの無い事を無難に告げる。
「そうだよね、私、がんばる」
適当な友人の一言によって、少し笑顔が戻る雪華であるが、その、何をがんばるんだろうか? と言う疑問が生じるも、そこは
「そうか、そうだね、がんばろうね」
とあえて深くは聞かずに合わせる、奏であった。
ひとまず、帰りは、フルーツケーキファクトリーで、ブルーベリータルトでも食べて行こかと思っていると、
「ブルーベリータルト食べたくない?」
と雪華が訪ねて来る。
やっぱり、雪華は親友だと思う、奏でだった。
なんにしても、これで中階層、おめでとうみんな、ギルド本部では真希が心配に胸を拗らせながら待っている事だろう。
心配性なギルド長に、挨拶だけはしていこうと思う、ギルドのいい子達であった。