閑話休題2-10【 鴨月重文の場合】
この『浅階層のジョージ』の意図とする所に飲み込まれた者は、ほぼ無抵抗になる。
浅階層のジョージに対峙した時、戦う事を知らない鴨月という少年は思考を介せずに、
「無理だ、勝てっこない」と言う言葉を弾き出してしまった。自分の生み出して言葉の中に手足を取られて『怯え』の海に溺れ始めていた。
考えてみれば、普通に、戦闘を行えると言う人間の方がどうかしている。人間は皆、自分たちが生み出した社会という大きな主人に飼われた、言うなれば家畜のようなモノだ。
社会というシステムさえ受け入れていれば、食べるのも、寝るのも、安全が簡保されている。
餌となる生き物を倒さずとも、また自分が狩られる事から脅かされることもなく生活できる形が出来上がっている。
そんな環境に出来上がる生き物は、生きて死ぬだけのモノだ。そして、今、鴨月は、その死ぬべきと自分て判断して抵抗すらやめてしまう。
正確にはあまりの恐怖ゆえに体が弛緩しているような状態になっている。これは狩られている最中のもう逃げることができな
いことがわかった小動物になってしまっている。
生き物は、生き抜く義務と同時に、他の動物の餌になるための命でもあるのだ。
鴨月の体は動かなかった。
必要以上に固くなって、あのゆるりとしたジョージの剣をまともに受けてしまう。
「痛い!」
思わず叫ぶ、頬を掠めて、肩に当たる、あのノンビリと振られた剣は鴨月をそのまま押し削いてしまう。
怖さに痛みが加わり、鴨月の心は絶望の闇はさらに深くなる。
確かにいる、このダンジョンに向いていない人間が。
それは誰に頼ることもなく、ここで篩からこぼれ落ちてゆく。
自分には抵抗できる能力もあるのも忘れて、留めを刺されようとしている。
「ンー、残念ダッタネ」
浅階層のジョージは言った。
その言葉には、何の抑揚も感じられなかった。
近くにいるのに随分と遠い声に感じられた。
その時、鴨月は、自分を取り囲む闇がどんどんと深くなって行くのを感じていた。
やがて、体が少し揺れて、そこで彼の意識は完全に途切れた。