閑話休題2-8【一人で殺傷してみよう】
これでも、一応はあの時の長い浅階層の1日を体験して来た少年少女たちである。それなりの度胸も付いているし、それに、その辺の浅階層で彷徨くダンジョンウォーカーよりは実力もある。
多分、各々、個人差にもよるが、このメンツの中なら低い方に切りそろえても全員、その日から3階層の中でも最も深いとされる、中階層の表層の中心度くらいなら、到達してもいいくらいの実力はある。
この旋回のジョージの邂逅が、いかに情報が出回っていないとはいえ、初見で叩くのは容易な事だと誰もが思った。
しかし、彼らはその扉が境界としてた空間の、室内の内側に入った瞬間に、それを知った。
扉をくぐり抜けてみると、今までいたメンバーなど誰もいなくなっている。
つまり、各々全員が、一人一人。
同じ空間、同じ時、多少の位置的な問題やコンマ数秒のズレは遭ったかもしれないが、それは度外視して、きっちり、同じタイミングで全員が室内に入った瞬間に、自分を除く他の人間が消えてしまった。
室内の薄暗い光景は、扉を開けた瞬間に垣間見た光景。
振り向くと、扉はすでに閉じられていた。
感の良い者は気がついてる。
つまりは、ここ、浅階層のジョージへの挑戦は1人1人、誰に頼る事なく行えと言う事だと言う事を。そして、ここにいる全員は、皆同じ場所にいて、同じ相手を見て、異なる場所にいると言う事なのだ。
そして、各々が、始まりを理解した。
さして広くもない、このダンジョンにおいては小さい方に分類されるだろう、室内、学校の1クラス程度の空間、天井もそんなに高くはない。本当に教室のような空間だった。
そして、その目的は目の前にいた。
椅子に座っていた。
いや、椅子ではない。と言うか座っていない。
座る形になっている人間らしき者がそこにはいた。
まるで透明な椅子と机に座っているかのような姿勢。
その人物は、じっとこちらを見ている。
「扉ノ近クニ、照明ノスイッチガアルヨ」
唐突に室内に響く、まるで機械の声のような平たいその声はその人物が言った言葉であった。ともすると、まるで部屋が喋っているかのような錯覚に陥る。
「気持チ悪イノガ嫌ナラ、コノママ暗イ方ヲオ進メスルヨ」
そして、バラバラにされた全員は皆躊躇する事なく、その扉の横にあるとか言うスイッチを入れる。もちろん、その意図は色々遭った、単なる好奇心、一つの不明を払拭しようとする恐怖からの離脱、暗いところでの戦いは不利、など様々皆一様に異なる意識を持ちながら、同じ行動をとった訳だ。
室内は眩しいくらいの照明によって、煌々と照らされ、その人物を眼下に晒し出す。
その姿を見て、誰もが思う。
ああ、ゾンビだ。
それは、間違いなく動く死体、行動する屍、俗に言うアンデット。
せめて救われるのが、『生腐り』でなく、『乾き』に傾いている事、ミイラに近いのかもしれない。
緑に近い苔むしたような肌、人の頭蓋骨に張り付いただけの爛れた皮膚、そして瞼は腐り果ててしまっているようで、見開かれた両目からは、そこだけ、妙に、真白く新鮮な魚の様なこちらを見つめている目玉があった。時折、震えて動き回り、こちらを見る。
そして、それは中空に座る姿から、立ち上がって、ゆっくりと近づいてくる。
お互いが顔の表情のわかるくらいの距離、このダンジョンにおいては、剣を持つ者同士が戦う間合い、俗に言うところの『友人距離』で止まって、深々とお辞儀をする。
「ヤア、初メマシテ、僕、浅階層ノ門番、ジョージクンダヨ」
紹介されるジョージのむき出しの歯茎が一瞬、震える様に動いて、ふたたび固定される。
多分、微笑んでくれたのだろう。唇が無く頬の肉も皮膚もあるのかないのかわからないので、今一つ表情がわかりにくい。
そして、彼は、自分の胸を指差し、次に、首、頭を指して言う。
「見テ見テ、僕ノ弱点ハ コノ指ノ差ス所ダヨ、人間ノ弱点、生存出来ナクナル攻撃、焼イタリ、凍エタリ、痺レタリ、デモ倒セルヨ、ヨク聞キ取レナカッタ子ハイナイカイ、モウ1回言ウヨ」
と同じ動作を繰り返した。
「準備ガ出来タラ僕カラノ攻撃ダヨ、右カラ剣ヲ振リ下ロスヨ」
剣を抜き、ジョージはゆっくりと剣を振り上げた。細身の剣、刀身は剣と言えなほど赤く錆びて、刃なども無い。
緩慢とも違う、故意にするには難しい遅く正確な動き。
浅階層のジョージは襲いかかって来た。
今後、ここから先に行けるのは、彼を倒した者だけ、しかも、再挑戦、やり直しは出来ない。
誰に相談することも、共闘することも出来ない。
1人で、人を1人殺す事ができた者だけ、この試練を抜ける事ができる。
それは、とても簡単な事で、人によっては不可能なくらい難しい事なのかもしれない。
ここに、彼らの浅階層のジョージへの挑戦は始まったのである。