閑話休題1-27 【喜耒薫子は負けられない】
結局何をしても、自分は不器用で、だから誰からも置いていかれるのだと、薫子は思う。
いつものダンジョンが、今日はどこか寒く感じていた。
そんな過去を、なにもできなかた幼い日を、思い出させる言葉は、再び真希から出される。
「この気持ちは、私じゃ教えてやれないべさ、まして麻生もな」
お腹の中がカッと熱くなった。
違う、今は違う。
私は強くなったのだ。
「真壁秋は、強くはありませんでした、いえ、強いのかもしれません、私と互角ですかから、ちゃんと見ていましたか?」
斬り合って、剣をぶつけ合っている時、真鍋秋からは、微塵もプレッシャーも感じられなかった。
少なくとも薫子は手など抜いていないし、ましてや情けなどもかける道理もない。接していた時間は長くはなかったが、自分自身で思う、圧倒していた、相手は手も足も出ない形に追いやっていた。もう少し時間があれば必ず打倒していただろう。
なのに真希は、真壁秋が手を抜いていたのだという、そしてその考えは今もかわっていないのがわかる。
そんな真希とは違う薫子は同時にこうも感じていた。
真壁秋は軽いのだ。考え方も、覚悟も、その剣もなにもかも、軽薄に感じた。だから、覚悟をもってここにいる人間に対して、緊張をしてこの場に臨んでいる人間として軽蔑する。自然体で応じられる姿に正直イラつきすら感じていた。
あの状態でいったい何をどう感じればよかったのだろう、錯綜する思いは薫子の心をさらにかき乱した。
「ルー子はさっき、この子の立ち合いを見ていたべか?」
雪華の腕の中ですやすや眠る奏を見て真希は尋ねる。
もちろん見ていた薫子だ、見ていたというよりも目が離せなかったという方が正解かもしれない。今日初めてこのダンジョンに入ってさらに始めての実践であのスペックを出力した奏、ことオフェンスだけなら、スキル持ちの人員層の厚いギルドの中においても、かなりの上位、ポテンシャルをふくめると、一桁に食い込む序列だと、それは薫子の目から見てもわかる。
自分もそこそこなスキルや力をもってギルドに招かれ『王』を譲渡されるも、それでも戦闘能力においては自惚れることなく切々とした努力を積み上げてきたと思ってきた。
なにより、たった1日で深層階までたどり着ける実力は確かなものだと自負もある。それは、このダンジョンに潜り始めて1年になろうとしている薫子にとって確かなものでもあった。
「相馬さんが、臆することなくあの『愚王』に戦い挑んで行く姿は凄いと思いました」
すると真希はクスクス笑う。
真面目な薫子にとってその態度は面白くない。
「なにが可笑しいんですか」
「あれは戦いとは言えないべ、まして挑戦でもないべさ」
「戦っていましたよ」
それを見かねたように口を挟む人間がいた。
「あれは指導ですよ、喜耒さん、奏はあの人に指導をうけていたんです、奏は馬鹿みたいに頼って甘えていました、もちろん本人にその自覚はあると思います」
答えたのは雪華だった。奏の行動を誤解されるのは嫌だった。
「だべさ、そして、それの光景はわたしは今日、2度、2組見てるべ、もっとも優しく指導された本人にその自覚はないようだけど」
こんな言い方をされると、さすがの薫子でも理解できる上に、カチンと来る。
「わたしが、いつ、真壁秋に指導されたというのですか!」
ここで、改めて言っておくが、本来、薫子は自分に厳しいところがあるので、傍目から見ると、常に怒っている印象を持たれかねないが、彼女自体はとても冷静な人間で、人に気遣いもあるとても好印象を持つことができるとても優秀な女の子である。しかも、このギルドの中においても、通う学校ですら、彼女の優秀さには大きな期待を寄せている人達は多い事実もある。
いつだって、薫子はそれに答えようと必死だった。何も考えす、自分の欲望の赴くままにダンジョンに入っている真壁秋とは違う。
そしてただ感じるのは、あの真壁という異質な存在。この時、初めて薫子は真壁秋という人間が心の中にどうしようもないほどに大きく張り付いている事に気がつく。
心に刻むではなく、張り付くあたりがいかにも真壁秋らしい。