閑話休題1-24【じゃあ、言うわ】
腕組みして、まるで弟子にでも教えるように、優しく言い聞かす宝だ。
細かい事かもしれないが……
「まずな、『行きます』はいらない、あれは申告だよな、これから斬りかかる相手に、じゃあ斬りますね、なんて言わねーよな、普通。それに魔法の詠唱は口に出すな、相手の耳に入れるな、特に相手に魔法スキルがない場合の優位性がなくなる。詠唱は思うだけでも効果はでる、口の中だけでももいいから、言葉として漏らすな、で、お前目が良いみたいだが頼りすぎ、気取られすぎだ、あれならそこそこ経験を積んだ戦闘特化型には通用しないぜ、俺とかアレみたいな、あれってほらアレだ」
「真壁 秋さん、バカ王子のことですか?」
「そうそう、それな、で、最後が、突きだ」
「えー! だめですか? とっておきだったのに、それじゃあ全部ダメってことじゃあないですか! 直しようないじゃないですか!、どうしたら良いんですか、1つくらい良いとこないですか? 全部ダメって言われると私、どうしようもないですよ、それじゃあコーチ失格ですよ!」
「いや、そうじゃない、落ち着け、な、ちょっと喋らせろ」
「はい、聞きます、もっと具体的にわかりやすくお願いします」
ダンジョン内ではクソ野郎と揶揄され、卑怯者、狡猾者など、悪評をほしいままにしてきた宝が、ついこの前まで小学生女子だった年下の女の子にタジタジである。もはやどちらが追い詰められているのかと言う話になってきている。
すると、『ぷぷ』と誰かが笑いを堪えるが、我慢できずに噴き出す声が聞こえた。ハッキリと、宝の耳に届いた。その声は聞き慣れた声で、そして、少し離れた、彼の唯一の仲間である深緑の女性、アモンが宝に顔を見られまいと、俯いている姿が見える。
「あれ? 今、アモン、笑った? なんか、笑ったよな?」
アモンに笑われた、と感じた宝は侮辱されたと言うより、ただ驚いている。それは、宝にとって、その辺を歩く犬に話しかけられるくらいありえない事であった。宝にとって、今のアモンはそんな存在だ。
だから、とても不思議そうに宝はアモンを見ている。
すると、アモンは顔を上げ、まるで無表情を絵に描いたような表情のまま。
「いえ」
と短めの否定の後に、
「我が王よ、あなたとの関係において、私はそのような態度、表情変化、表現をとる事は不可能です、まして、あなたを笑うなどあり得るはずもありません」
清々とした言葉に、宝も、
「だよな、そうだな、気のせいか、空耳かもな」
「しっかりして下さい、我が王よ、お嬢様がお待ちです、今は私の事に構わず、その意に答えて上げてください」
すると、宝は素直に。「おお!」と気づいて、
「あの突きな、あれじゃあ、通用しても中階層の真ん中くらいだ、相手によっては浅いところもやばいな、単純すぎる」
奏にとって、この言葉はショックだった。そして認められなかった。
「そんなはずないです」
「なんて言うか、こう、ダンジョンで、『突き』が主体の戦い方をするなら、あれじゃダメだ、どんな強力な突きを食らって体を貫かれても平気な奴はゴマンといるぜ」
つまり、対人としては良いが、対モンスターになった場合、奏の攻撃方法は有効な手段ではないと言いたいようだ。拙い言葉に説明が下手な宝の言うことは、奏にようやく伝わった。その上で、
「教えてください」
と懇願する。
「教えろって、言ってもなあ、誰かに本気で技を繰り出すわけにいかねーしなあ、怪我人は出したくねーし、そのうち覚えるから、今はいいだろ」
消極的な宝に対して、奏は、ズイっと前に出る。当然、宝は下がる。ここで2人の力関係は決定する。
以降は奏と宝の会話、決して漫才ではない。
「じゃあ、私で突いてみてくださいよ、体感します」
「はあ?」
「だから、私に技を繰り出してみれば良いんですよ、ほら、早く!」
「バカか、お前、死にてーのかよ」
「加減すればいいじゃないですか! 殺さないでくださいよ」
「勝手なこと言うなよ、加減して技って意味ねーだろ!」
「それをうまくやってくださいって言ってるんです、できないんですか?」
「いや、できなくはないけど、うまくいくかなあ」
「大丈夫ですよ、自信を持ってください」
「いや、真面目に、そんな事した事ないからなあ、この前も、加減者したつもりなんだけど頭、怪我さしちゃったしなあ」
「そう言う反省を活かすいい機会じゃないですか、大丈夫です自分を信じて自信を持ってください!」
「自信って言われてもな」
「じゃあお願いしますよ、痛いのはちょっとくらいは我慢します」
すでに、タジタジの領域をはみ出して、すっかり生徒のペースで授業が進む、立場が逆転している奏と宝だった。