閑話休題1-23【人に教えるのってムズイ】
ほとんど、毎日、ダンジョンウォーカー御用達といわれる所謂、街道場でもまれている奏のその構えは、どこか絵になると雪華は思った。
そして、この子は剣を持って、どこまでも行ける人だと、そう考えると、いつも空間をともにしていた親友を、どこか遠くに感じてしまうのも、また事実だった。
そんな親友が溌剌と叫ぶ。
「じゃあ、行きます!」
と申告の後、「零下よ集! マハリク!」
詠唱の後、導言を発現する。奏は、魔法を用いる時、詠唱の必要になるタイプである。なるべく短く、そして効果的に用いる為にたどり着いた結果だ。
そして吹き上がる氷の嵐。
ハリク系の第2位の呪文。
人間の大きなの敵なら2〜3人程度はまとめて瞬時に凍てつかせ、倒せるポテンシャルを持つ魔法を彼女は、宝でなく、奏と間合いに撒き散らす。
そして、今の時点では、奏の動きは、『世眼』によって、制限される。
彼女の持つ目の中でも、使用にあたっては注意が必要な眼で、現時点の奏が使用するのはかなりのリスクがある。視力自体を失いかねない危険な眼だ。
実際、以前、札来館で使用した際には2日ほど、漫画も読めなかった奏である。もちろん、すでに覚悟はしている。
今の最高を出す。
そう思った時、先ほどの疲れなんて吹き飛ぶくらいのクリアーな視界を得た奏だ。
その奏の眼が見に映るのは、2つの『世』。1つは『現世』、つまり、今現代、奏の見ている世界、そしてもう一つが、『常世』と呼ばれる、彼女の持つ神域であり、絶対領域、これから行われる攻撃が光となって結実されている世界。その2つがレイヤーを重ねるように、一つに重なる時、力率の損失が0の不可避な一撃が解き放たれる。
しかも彼女の工夫により、ばらまかれて大気中に攻撃を繰り返す冷気は空気中の水分を凍らせ、小規模な『放射冷却』が起こり対面する宝からも熱を奪い始める。これは対象の人間を、止めるまでは行かないが行動を遅滞させる効果もあった。
そして、解き放たれる奏の一撃は、全てを置き去りにする。攻撃しようとする意識や、周りの大気、そして音すら、奏の後ろに追いやられる。
そして、中空にあった氷の粒は圧縮から解き放たれて、瞬時に水蒸気に変わる。
つまり、爆発し、今度は宝の視界を奪い、体のバランスを失わせる。
取った!
水蒸気と霧が混じり立ち込める視界の中で、奏は確信した。
手応えみたいな物を感じた。自分の剣が、精一杯の力がこの傍若無人な王の1人に、男に届いたのだと、そう確信した。
しかし、愚か者の王は、至って普通にこう言う。
「イマイチだな」
その声があまりに近くて驚く奏、思わず、突き伸ばした腕をと剣を畳もうとするが、帰ってこない。
剣は宝を突いた場所で固定されている。そして、今度はその剣にグイっと惹きつけられる。
視界が晴れてきてようやく状況が飲み込める。剣は宝を貫く事なく、彼の右手に握られていた。
「そんな!」
「そんな攻撃は俺には通用しないぜ、残念だったな」
と吐き捨てるように言う、が、宝はその言葉では奏は満足しなかった。
まるで、その剣先を持つ宝に渡すように木剣を離して、近い距離をさらに縮めて恋人距離にツカツカと宝に詰めよる。
「どこですか?!、何が悪かったんですか?!、教えてください!」
お互いの鼻が当たりそうなくらいに接近した状態で、叫ぶ奏に王と呼ばれる愚か者は口を開く。思いっきり見下されているのは身長差によるものだ。他意はない。
「そんなの俺が知るか!」
「勝ったじゃないですか! 私負けたんですよ、じゃあ教えてくださいよ」
どんな理屈だ、といつもの宝ならそう言ったかもしれない。しかし、それを許さない勢いが奏にはあった。鋼の様なメンタルとフィジカルに完全に押されている宝だった。
とは言うものの、もう足元もおぼつかない奏だ。本当に、自分の中にあるたった一滴すら残さずに力を振り絞ったのだ。そんな奏を見て、一つため息を着く、その後に少年は言う。
「5個だ、ツッコミどころは5箇所ある」
と、奏に剣を返して、そう言った。
「そんなに? どこがダメだったんですか、全部教えてください」
「全部かあ、言えるかなあ、まあ、そうだな、ちょっと待て」
「はい」
しばらく時間を置いた後、宝の中で言いたい事がまとまったようだ。
不慣れながらも、わかりやすく、ゆっくりとした口調で、語り出すクソ野郎こと、前住 宝であった。