閑話休題1-22【勘違いすんな!クソ野郎は俺だ!!】
あれも嫌、これも嫌、何もできない、何も知らない。自分の思っていた希望なんて何も叶えられない、好きなことは全部どこかに飛んで行ってしまった。中途半端に納得した顔をして、適当に大勢の人間い甘えて、今またこの初めて出会った人間にも甘えようとして、情けないと本当に思う。
「とんだクソ野郎だよ」
と自身に向かって吐き捨てるように呟くと、いきなり怒鳴りつけられた。
「おい、ガキ!」
「はい」
「勘違いすんな」
「何をですか?」
「クソ野郎は俺だ」
今、奏の目の前の人物は、自分が侮蔑する言葉をまるで勲章に思っているようだった。なんか貶めてしまって、すまない気持ちになる奏ではあるが、いまひとつ納得できないというのもあった。
奏は宝を押し返す。体格の上では、中学生になりたてのスラリとした長身の少女は真壁 秋とさほど体格の変わらない宝を圧倒できる。
「おお?」
「勝負です」
奏は、その言葉と同時に切りつけてゆく。
「おいおいお、お前、俺を倒す気かよ?」
その声は怒気ではなく、笑いを含んでいた。
「よくわかんないです、けどお願いします」
弾いて振るう剣に、一度宝は距離をとって、その近くに来た、たった1人の仲間に告げる。
「これ、持っとけ、で、剣をよこせ」
武器を入れ替え宝は、再び、奏との距離を詰める
剣を携えた宝に対して、奏は攻め続ける。
もちろん、力の差は歴然だ。
身体能力的にも、小さな宝の力の方が遥かに高い。それは奏も知っている。
で、あるが、そのスキルによって支えれ、時間のある時は札来館に通い努力していた剣は、それなりに凄まじいものがある。
今の時点ですら、攻撃能力だけではギルドでの実力者、通常状態での麻生の上を行く。
特にその速度に関して言えば、さらに上回るかもしれないと、一秒に何回も切りつけられながら、そんなことをのんびり考える宝であるが、それよりもその剣に乗ってくる気持ちが、自分に叩きつけてくる感情が、何やらおかしくてたまらなかった。
「おかしいですか?」
こんな戦いの最中、笑う宝に対して、思わず奏は問う。もちろんこの時点でも必死に攻め続ける奏は力の差を笑われているのかと思った。
「なんだ、お前、これ八つ当たりかよ」
と宝が言ったその言葉に、奏の心に鬱蒼と積もっていた塊が、爆音を立てて霧散する。「ああ!」と体のどこかにひかかっていた異物が外れて落ちてゆく思い。
その身体すら軽くなった気がする奏である。
そうか、私、そうか!
「なんだよ、スッキリした顔しやがって、図星か?」
「はい、八つ当たりですね、これ、八つ当たりでした」
「ハハ、いいぜ、八つ当たり、上等だ、全部ぶち当てて来い」
びっくりした。あまり人に八つ当たりなんてしたことも無い奏ではあるが、それでも、積極的に自分い向かって八つ当たりしろなんて言う人間は見たことがない。
でも、快諾された、許可をいただけた。
「八つ当たり感謝です」
「よし、ぶっ殺すつもりで来い」
「はい」
妙な戦いもあったものである。公然と明瞭で会話の内容は物騒である。
そして、奏はこの時点で、能力的には自分より上の彼に届く攻撃を加えたいと、そう思っていた。
だから、今できる最高のことをしようと思った。
一度、宝と距離を取る。
「お? なんだ?」
「次、凄いヤツ行きますから、ほんと、凄いですよ、死にますから」
と言って、奏は木剣を小脇に抱えて、両手を自分の目に押し当てた。
「ちょっと、待ってくださいね、この目出すの難しくて」
敵の前で取る行動ではないが、待っている宝も宝だ。
「あ、出た『世眼(現)』、よかった、出た、出せた」
と喜ぶ奏、
「準備はできたか?」
「はい、お待たせしました。これで、行けます」
つまらない事に『眼』を使ってしまったから今回は難しいと思っていた、でも、出た、だから、現時点での自分にとってのとっておきが出せる。この人に見せられる、そう思うと、心踊る奏だった。
奏は、木剣を霞に構える。切っ先は宝に向かい、構える剣の高さは開いた『世眼』の高さに置かれている。完全に『突き』の構えだ。
それに比べて、宝とは言うと、自然体。なんの構えもない、しかし全てに備えていると言われると、そのように見えた。
纏う雰囲気はさすがに王と呼べるものである。
その王を目の間にして、奏は、もしかして、今、自分は命懸けで、さらにもしかすると、自分は今日、死んでしまうかもしれないと、そんな意識が何処からかやって来た。
でも、怖くはない。
この力の解放は、喜び以外の何者でもない。
だから、全部を塊にして行く。
今日、初めてダンジョンに挑んだ少女は、死を意識して尚、今までのあのアスリートを目指す厳しい日々ですら知ることもなかった喜びに咽せていたのである。
全部出せる、全部ぶつけていい。
ここが北海道ダンジョンなんだ。
私の新しい、生きる場所なんだ。
つきとおす、目は、そのまま光の中に溶けてゆくような、そんな感覚の奏であった。