閑話休題1-20【昇華する少女は公正さを欠く】
スキルを覚醒させる者は、今後も生まれて来るだろうと言われている。北海道にダンジョンがあるかぎり、それに適応するように生まれ続けるだろう。
程度の重軽はあるものの、これから生まれる子供の20人に1人は何らかのスキルを保持、または発現すると言われている。
そんな中でも奏のスキルは、2つとも、とても強力なものであった。
もちろん、それを誰も望んでいる訳ではない。
そしてよく言われることだが、特に、スポーツの世界では子供の頃から大きな才能を開花させることができるのには親の協力が必須で、多くの時間とお金が割かれている。
奏の場合もその例に漏れず、親の希望に応えるだけの将来を期待されていた最中の出来事だった。
スキルの開眼は、一般には高い評価を受ける。
自分の努力や才能などではたどり着けない場への活躍を約束される。一応は秘密裏にされているが、実際に昔スカウト組としてダンジョンウォーカーで活躍したものが、スキルを利用して国家の骨幹に携わっている人間は少なくはない。
少なくとも、奏はそのレベルでのスキルを保有した事になる。
こういう例を『昇華』と呼ぶ。
『ドロップアウト』の逆、彼女はその時、サッカー選手としてではなく、人としての段階を超えて上位の者になったと言う表現だ。
人としての枠をいい意味ではみ出してしまった人。
本来なら、何段も努力して上がるはずの階段を、彼女は一気に駆け上がり、すでに大きな価値を身につけてしまったのだ。
でも奏に取ってそれは、挫折に他ならない。
大怪我をして好きなスポーツを続けられないのと何が違うというのだろう?
親の期待に応えられない自分はもう、北海道にゆくしかないじゃないか。
切々とした思いは今も奏の心に大きなしこりを残して、あれから、だいぶ時間が経ってくれた。
でも未だにその思いは消化されてはいない。
「私は受け止めてなんかない、ただ流されてここに来ただけ」
まるで、深く抉られて傷のようなその思いは、未だ手をつける事なく手当もされず、ヒリヒリと奏の心を炎症させていた。
だが、そんな鬱積した思いは、あの真壁 秋を見た瞬間消失した。
あそこに、自分の全てをぶつけられる場所がある。
この感覚は、サッカーをやっていた時の感覚なんて比べものにならないほどの高揚感だ。
奏は思う、だって、監督の言うこととか、チームプレイとか考えなくて良いんだ。今の自分を臆する事無く、あの場所で爆発させることができるなんて、なんて幸せな事だろう。
もちろん、それは、試合ではない。言うなれば、己の生存を賭けた剣を使った斬り合いをしているのだ。最悪『死』、最悪で無くても切られ、割かれ、折られる。恐怖は常にそこにある。そんな戦いなのに、奏はその恐ろしい事実も些細な事に感じている。
「ちょっと、奏、しっかりして」
と雪華に乱暴に腕を引っ張られて、
「あ、ああ、悪い」
と我に還る奏だった。
視界の不良と頭痛で意識が混濁していたようだ。
確かに強力なスキルの『五眼』も少し無茶をしただけで、これでは先が思いやられる。
もっと努力して自分の物にしないと、未だスキルによって振り回されている自分を自覚してしまう奏だ。
そして奏の意識が正常に戻り、気がついた時には、ギルドの人間がしっちゃかめっちゃかにかき回されていた。
まるで、ネズミの群れの中に、猫を放ったみたいな感じになっている。
そして、その猫を奏は知らない。
「今、どうなってる?」
奏の意識が朦朧として、混濁していた僅か数分の間に自体は激変していた。
「おら、さっきの威勢はどうした!」
と短髪男子が、適当な振り方をする槍で追い詰められていた。
それはもう、一方的に、特にギルドの新人を狙って、暴れまわる猫は、奏も見た事のない猫だった。
「ハハ! ガキども、しっかりしろよ、優しく遊んでやるから覚悟しろ!」
けたたましい笑い声が、広く浅い海に響いていた。