閑話休題1-19【選ばれし者、スキル発現者】
奏が、北海道に転校してきて間もない時期、雪華と出会った時には、すでに2つの発現したスキルを持つスカウト組みの中でもさらにその上をゆく、極めて稀な『エリートクラス』と呼ばれる種類のダンジョンウォーカーであった。
その開眼は、今から3年前、彼女が小学校4年生のなりたての頃の出来事だ。
副都心のどこにでもある住宅街。
そして、たまたまその学区のとあるプロチームの下部組織、小・中学生を対象とした3部から構成される女子サッカーチームの1つに参加していた。
その頃から、奏はちょっとした有名人で、類稀なる才能を持ち、恵まれた身長に体幹、何よりその優れた身体能力に加え、頭の良さと高いセンスもあった。
つまり、彼女は将来を有望視される地元では有名なサッカー女子であった。
そろそろ、マスコミも奏を注目し始めていた時に、事件は起こった。
事の発端は、サッカー日本代表Uー12の練習試合が行われた際に、奏の在籍していたチームが相手に指名された。
それは、事実上の奏のお披露目会になる予定であった。
もちろん、強いとはいえ、奏のチームは、プロが主催するとはいえ、下部の組織、3番目のチームだ。サッカーチームとは言え未だ年端のいかない子供達の男女混成で、基礎の基礎を学ぶ場に過ぎないチームだ。
どうひっくり返っても、いくら奏が優秀だとしても、試合の結果は目に見えていた。
しかし、試合が始まって見ると、そこはまるで、奏の1人舞台。
圧倒的な実力の前に、奏が前半で20点目を取った時、試合は中止された。
確かに、誰もが期待する奏は優秀な選手だ。
だが、そこにいるのは、選手としての優劣などではない。まるで違う存在。例えて言うなら、自転車のレースにF1が混ざってしまったような、強いとか、圧倒的とかではなく、全く違う次元の存在がピッチの上で、思う存分力を発揮していたのだ。
多分、彼女の体力が続く限り、この公開処刑のような一方的な試合は続いていただろう。
見ている人々は悪夢を見ているようでもあった。
この時、奏は言った。
「ボールの軌跡が見えるんだ、ここをこう転がりたいって、教えてくれるんだよ」
当時、奏の地元は北海道からかなり距離がある。
北海道ダンジョンの事は誰もが知ることではあるが、その知識や常識が一般的なものではなくて、どこか遠くの出来事だと、多分、北海道から遠く離れたこの土地でこの試合を見ていた人間は、そう考えていたことを思い知らされた。
そんな常識の中だ、この時、彼女がスキルを発現したのだとは、誰1人気がつくものがいなかった。
おそらく、この時、その試合の場にいた人間は皆、初めて、スキルという恩恵を目にしたのだ。
超感覚を身につけた、極めて才能に恵まれった身体能力の高い人間が、その能力を使う姿を見たのである。
それでも、この異質なプレイ。誰もが、歓声をあげることすらできない異常な試合は誰もが知ることになり、たちどころにその事実は防衛庁から北海道に通され、奏はスキルを開眼させたのだという事実が解明される。
一般に、スキルを発現させた場合、その人間は防衛庁の預かりになる。
概ね、ダンジョンの中で役に立つスキルだ。普通の生活において、危険なものが多いとされていて、特に、これが、スポーツの世界になると、公式の大会には出ることが出来なくなってしまう。
スキルは誰もが持っている、という訳ではない。
だから、公平を期すスポーツの世界において、それらの能力は、言い方こそ悪いが、『不正』という事になってしまうのだ。
つまり、このスキルを発現した奏は、ここで、サッカーをやめないといけない。
と言うか、続けられない。
代わりに、彼女は防衛省の管轄となり、北海道からスカウト組として招待される栄誉を授かる事になる。
特に官庁関係の就職有利だとか、学費どころか、生活費も無料とか、札幌市内の交通費の無料とか、ダンジョンに入る事で、様々な特典が得られる。将来を約束されるという事になる。
奏の例も決して少なくはない。過去にも、いや今の時点で何人ものスカウト組と呼ばれるスキル持ちは生まれ続けている。