第14話【あやしい者ではないです】
そんな風に最悪の事態を考えていると、
「どうですか、秋さん、こうなったら、一気に深階層まで行ってしまいませんか? この前も、一人、1日で深階層に到達したダンジョンウォーカーもいたんですよ」
って言うんだけど、そう提案されるんだけど、まず、その前に、
「あの、ちょっと聞きたいんですけど……」
今更聞きにくいなあ、って思いつつも、このままって訳にいかないから、僕は勇気を持って聞いてみた。
ダンジョンに行く様になる僕としては、これからの冒険に対して、たくさん勇気とか振り絞らないといけないな、って、覚悟はしていたんだけど、まさか、一番最初の勇気がこんな事に消費されるなんて、思いもしなかったよ。
その人は、何か言いたげに僕の方を見て、
「どうぞ、秋さん、なんでも聞いてください」
って言うから、遠慮なく僕は尋ねる。
「あの、あなた、誰なんですか?」
本当に知らない。
昨日、ゴブリン鍋を食べながら、この人、だから助けに入ったつもりであろうこの人物について、春夏さんにも聞いて見たんだけど、春夏さんも知らないって、てっきり僕の知り合いだとばかり思って、ちょっと考えて、一瞬ハッとする春夏さんだったけど、それでも知らないって、そう答えてた。
だから、その時、僕はかなり懐疑的にその人を見てたんだ。
でも、なんだろうなあ、凄い親し気に僕を見る、若干吊り上った、目つきうの悪い瞳で、僕を真っ直ぐ見てるんだ。
昨日と同じ格好。
ラメなジャージに、サンダルに金属バットっていう、どこのヤンキーだよ、喧嘩の出入りかよ? って格好で、僕の質問に対して、その金髪に染めた頭をかきながら、
「あー……」
って言ってから言葉を失う。
そして金属製バットを小脇に抱えて、腕を組んで悩み始める。
で、呟く様に、
「そっか、そりゃあ、そうだよな……」
って言ってから、
「しまったなあ、俺は秋さん知ってるけど、秋さんは俺を知らないんですよね?」
って聞いてくる。
頷く僕。
うん、そう。全く知らない。
だって、学校で見るには明らかに年上そうだしさ、僕の生活圏にこれだけのインパクトのある人がいたら、いくら、人の顔を憶えない奴って言われる僕でも流石に忘れないと思う。
本当に、知らない人だよなあ。
「だよなあ、こんなカッコじゃわかんないですよねえ……、俺、今、普通の人だからかなあ……」
とかおかしな事を言い出す。人ですらないなら、ますますその正体がわからないよ。
その時、僕の横を、僕よりももっと懐疑的に見ていた春夏さんが「あ!」って言った。その、正体不明な存在な人を見て短い声を上げた。
「春夏さん、知ってるの?」
何かに気がつきましたって、そんな表情に見えたからさ、そのまま固まる春夏さんに尋ねると、ちょっと目が泳いだけど、
「ううん、全然知らない人」
って言うんだ。
そっか、知らないんだ。
僕は春夏さんの言葉に疑いも持たずにそれを信じる。
いや、だって、春夏さんだよ、僕に嘘つく訳ないじゃん。
ねえ? ってもう一回、春夏さんを見ると、何故か目を逸らしてるんだよなあ……。どうしたんだろ? 照れてるのかな?
まあ、良いや。
やっぱり僕も春夏さんも全く知らない人だ。
でも、僕の事は知ってるんだよなあ。
そして、僕は何の気なしに聞いてしまった。
「あの、お名前は?」
って聞いたんだ。普通だよね。このくらいの事は聞いても良いよね、個人情報保護法とかに抵触しないよね?
すると、彼は、
「え?、俺の? ですか?」
聞かれてしまう。
名前を聞いて、こんな返をされたの初めてだから、僕もどうしてか戸惑う。ええ? ってなる。
思わず他を探しつつ、質問をした相手をもう一回見て今更確認するように思う、いや、他に誰もいないんだけど……
「ちょっと待ってくださいね、今、探しますから」
って言いながら、この人、急に自分おジャージの胸のあたりとかめくって、金属バットとかを眺めて、最後に自分のスマホを見て何やら探し始める。
そして、急に、「あった、あった!」って喜んで、
スマホを見ながら、
「俺の名前は、『角田 涼子 (すみた りょうこ)』……、じゃなかった、角田 涼 (すみた りょう)
です、そして、秋さん、あなたの仲間であり、このダンジョンへ導くものです」
自分を自身の親指で力強く指して、言った。もう、「バーン!!」って効果音が着きそうなくらい。
今、この人、女子の名前を言ったよね? 名前の語尾が『子』だったら、もう言い逃れできないよね? それを含めて、正々堂々と言うけど、本当に胸を張ってるけけど、その『導く』って公言する所は、なんか、本当っぽく聞こえるから不思議だ。
あからさままに怪しいんだけど、ちょっと笑ってしまえるけど、違和感を感じるほど不信感は無い。
人としての種類なのか、それとも僕が勝手にそう思うだけなのか、この人って嘘をつける人じゃ無いっていうより、嘘そのものが無い人って感じがするんだ。
で、当の本人、角田って人は、なんだろう、もう、堂々と言い切った、みたいなドヤ顔されて、僕としては、うん、そうか、そうなんだ。ってひとまず納得するしか無くなる。
全く信用とか無い、できる訳が無い。でも、同じくらい危険を感じない人なんだよなあ。不思議と人を安心させる雰囲気というか度量というものを感じるんだよ。
横を見ると、すぐ横には春夏さん。
特に警戒もしてなさそうなので、これはこれで良いのか、ってなるんだ。
ともかく、ダンジョンに行かないとだよ。
これは絶対だから、今日こそダンジョンするから!
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