閑話休題1-6【一路、鏡界の海へ】
戸惑様に待機していた雪華と奏。
いつの間にか側を離れていた美里が戻ってきて、
「私が、ここを面倒見るから、本体と距離を取って出発するわ、準備は良い?」
そう言って、連れてきたのは雪華達と同じくらいの男の子3名だった。
どうやら美里は彼等を探しに行っていたようだった。
無軌道に集まっていたギルドの構成員達が、徐々に隊をなして、順に地下に降りて行く。
いよいよ、最後の隊、雪華達も続いて歩き出す。
雪華、奏に取っての初ダンジョンが始まったのだ。
徐々に、札幌市街地の喧騒が聞こえなくなり、唯一聞こえていた、大通と駅前通りを走るタイヤの音も、地下3階に降りる頃にはなくなっていた。
雪華は、歩きながら周りを見渡す。
意外だったのは、ダンジョンというわりに、とても整備され、薄暗くもなく、まるでビルの合間のような明度が保たれているのが不思議だった。ここまで外の光が入っているなんて絶対にありえない、だからと言って照明器具はまるで見当たらない。見上げる天井はは遥かに彼方で、雪華が歩くところよりも薄暗く感じる。
まるで、このダンジョンに漂う空気その物が光を帯びているような感じさえする。
それに、ダンジョンというと、雪華は洞穴とか鍾乳洞なんかを勝手に想像していたが、今、彼女の目に映るそれは、自然が生み出した奇跡の造形物などではなくて、完全に人の手によって作り出された建築物に見える。
床も壁も、大理石と言ったら大げさかもしれないが、少なくてもコンクリートの様な素材ではなく、きちんと仕上げ材で造られた感がある。
ダンジョンというより、寧ろもっと大きくした『札幌地下街』と言った感じだ。
これなら、ダンジョンと地下街を間違って、迷ってしまうのはわかる気がする。
でも、時折、壁や床に『ここはダンジョン危険』的な文字や地下に続いていると表記された矢印が見えるのは、きっとギルドの仕事で、こう言った雑務が主だった仕事になって、時折、緊急事態で駆り出されるんだな、と雪華は思った。
「もっとカビ臭いと思ってたよ」
どうやら奏も雪華と同じことを思っていた様だ。
これから、これが自分の日常になるのだと、雪華は思う。
父は喜んでくれるだろうか?
ふと、そんな事を考えてしまう。
彼女が北海道ダンジョンに入る理由。
また、かつて雪華に向けて言ったあの人の言葉が脳裏をよぎる。
「ノブレス・オブリージュ」
彼女はこうも言った。
「私たちは、何もダンジョンに入ることはないのよ、私たちだからできることがある、お互いにそれを自覚してがんばりましょうね」
雪華はその言葉に長い間、ずっと疑問に思っていた。第一、それは世にいう貴族の言葉であって、私たち成り上がり者が使って良い言葉ではない。
だから、雪華は決めた。
北海道ダンジョンに挑むことに。
その時にそう誓ったのだ。
絶対に高みの見物なんてしない。
何より、自分が北海道ダンジョンに入りたいと、意思を示した時、父は喜んでくれた。
その日に、まだ小学生3年の娘の為にと、細身の剣を作ってしまう程、喜ぶ様な父だった。
父は年齢の為に、一度もダンジョンに入ったことがない。
それも、雪華をダンジョンに歩ませた理由の一つだった。
自分が見て、体験して来た事を父に教えてあげられる。
きっとそれを望んているだろうと、雪華は確信してる。
私たちは、『ダンジョン特需』によって、巨大な富を得た成り上がり者なのだから、この北海道ダンジョンに、いやダンジョンに入る少年少女にとって、何かしらの貢献をしたい。でも何をしたらいいのか、それならダンジョンに入って見て聞いて感じるべきなのだ。
雪華を育ててくれた父親と会社に課せられた義務だと、そう考える様になっていた。
もちろん、それは自らダンジョンに入って活躍することではなく、雪華的にはもっと、庶務というかボランティア的な貢献もある。
でもそれだけじゃあダメだ。戦う時には戦う。その上でギルドの加入で気持ち的には何らかの関わり合いを持っていたい。くらいの気持ちだった。
ダンジョンに入る全ての人間のフォローをしたい。役に立てればと考えていた。
そして今日、それがたまたま戦闘の支援という形になってしまっただけの事だった。
雪華が生まれる以前、父の会社は倒産寸前だった。
家は鋼材の製作所で、建築金物などを受注され、注文生産する様な小さな工場を持った会社で、父が祖父から引き継いだ時は、毎年赤字の超がつくほどの零細企業だった。
よく中小企業なんて言い方をするが、間違いなく小さな企業だったと父は言う。
社長と従業員を合わせても、10名に満たない企業だった。