閑話休題1-5【喜耒薫子の気遣い】
すごいなあ、奏、素直にそう感心する雪華に、それよりも大きな声がかかる。
「河岸さん!」
急に大きな声で呼ばれて、唯でさえ委縮気味な雪華が、さらに固まってしまう。
「こんなところで何をしているんですか!」
続いてその声は、まるで叱りつけるようにそう言った。
それは金属を撃ち鳴らすように、足音と一緒に憤怒を連れて来たような勢いでもあった。
麻生と同じく朱色のプレートメールに身を包んだ、喜耒 薫子が雪華の目の前に立つ。
雪華は彼女の事をよく知っている。
彼女もスカウト組で、そしてエリートクラスト言われるスキルの持ち主て、次代のギルドの中心となって行く人間ということを、そして何より、雪華の父が経営する会社がスポンサーになっている事を。
だから何度も面識があった。
2歳年上の女の子、たった2歳違うだけで私とこうも違う。
才能やそれが形作る、人格や性格、だからだろうか凜とした姿。そうなのだ、本来はこういう人が来るべき場所であって、私なんてお門違いもいいところだ、と考えてしまう雪華だ。
だから今も怒られている気持ちになる。
実際は、ただ驚いて声を荒げてしまった薫子であった。
薫子からすれば、彼女はスポンサーの娘というよりは、奏と同様にプライベートを知る友人として心配しているのであるが、その立場や性格、そして言動が叱っていると取られてしまっている。
「河岸さん、どうしてあなたがここに?」
もちろん、ギルドの一大事に手を貸そうとやって来ている雪華は、その言葉を口に出せない。やはり自分なんて場違いなんだと、改めて自覚してしまう。
「私が誘いました、一緒に行こうって」
「あなたは黙っていて」
薫子はピシャリと言う。
薫子は雪華に言っているのであって、誘う誘われるなんて関係はなかった。薫子から見た雪華は、本来このようなダンジョンに入るような女の子ではない、良くも悪くも、いいところのお嬢さん、父親の関係でダンジョンには携わって行くことはわかっていたが、それは麻生と同じように、実際は、ダンジョンから離れて分室の中で、庶務的な仕事を手伝う程度と思っていた。
それが、まさか、武器を携えて、ダンジョンに入ってくるなんて、薫子にすれば全くの想定外で驚天動地そのものだ。
しかも現在、ダンジョン内は、正体不明のダンジョンウォーカーと、それを守るエルダー級のモンスターによって、とても危険な状態にある。
さらに、未確認情報ではあるが、冒険者組織の中でも、戦闘特化していると言われている『黒の猟団』が壊滅的被害を与えられ、全滅と言っていいほどの状態らしい。
確かにギルドの緊急呼集はギルドに登録した全員に送られるが、それはあくまで告知であって、絶対参加の義務はない。自分の度量にあった取捨は許されている。
薫子から見た雪華は、そんな事を判断できない人間ではなくて、むしろ判断してここにいると言うことに驚きを隠せなかった。
「雪華は私が守ります、だから一緒に行く許可をください」
食い下がる奏に対して、声を張る薫子に対して、ただ萎縮するばかりの雪華は自分が
情けなくて泣きそうだった。
すると、
「許可なんていらないよ、喜耒くんも人を軽んずるのはよくないな」
そう言ってくれたのは麻生だった。最初の言葉は奏に、そして次の言葉は薫子に言ったものだ。
そして、薫子の方はハッとして、
「私はそんなつもりでは」
と言う。
「招集内容は見ている、この子たちはそれを知ってきている、覚悟は決めているんだ、それを他人である喜耒くんが良し悪しを判断するのはあまりにも失礼ではないかな?」
麻生は、雪華の心に宿る、小さくても、しっかりと心に宿る炎をちゃんと見ている。
恐れや不安を抱いて縮こまるこの中学生になりたての少女には、小さいが確かに勇気という名の炎が宿っている。薫子の心配という名の暴風によってかき消される瞬間に、そっと手で覆い守ってくれる麻生が、雪華にとってひどく大人に感じられた。
この麻生と言う人物、『賢き王様』なんて揶揄われていたが、確かにその通りだと雪華は思った。
「ごめんなさい、私、そんなつもりで言ったわけじゃなかったんです、不愉快な思いをさせてしまいました」
と薫子もそのことに気が着いたように雪華に向かって頭を下げる。
「いえ、いいんです、私、場違いかもしれませんから、ごめんなさい」
と雪華も薫子に向かって頭をさげる。
薫子は自分を心配して言ってくれているのは十分承知している雪華だ。
「謝ることないよ、この人、確かに失礼だもん」
と憤慨するのは奏だった。
「よし、ひとまず招集はここで打ち切る、これよりダンジョン内に入る、目的地は地下5階、『鏡界の海』だ」
と集まる構成員に命じてから、雪華達に、
「君たちは、最後尾で『救護班』に参加をお願いする、たぶん、忙しくなるが、頼む」
といい、先頭の集団に戻って行く。
「雪華さんも気をつけて」
と、薫子も麻生について行く。