閑話休題1ー4【彼女達のダンジョンが始まる】
雪華は到着するまでの間、目を閉じて神経を研ぎ澄ますよう、心を穏やかにしていた。
ほんの十数分でタクシー大通公園、北海道ダンジョンの4丁目ゲートの前に到着、雪華達は車を降りてほんの数十メートル離れたゲートに向かう。
かつてここには噴水があったと言うことを雪華のようなダンジョン世代、つまりダンジョンが出来てから生まれた子供たちは記録でしか知らない。
春から秋にかけての噴水で、それが動き出し水しぶきを上げ始めると、北海道にゆっくりとした春が訪れたんだとようやく知ることができると、父が話していた。
そのゲートの前に浅階層から追い出されたダンジョンウォーカーの人たちがごった返していて、中には単純に野次馬などもいる。
ひとまず、ギルドの本部があるスライムの森あたりまで行こうとするが、結構な人数のが集まっているために、人をかき分けて進むと言うのが一番最初の作業になる。
時折、「なあ、中はどうなってるんだよ、知り合いが中に入ってるんだ!」と乱暴に肩を掴んで怒鳴って来る人もいた、結構イケメン長身なのに、乱暴者だ、この人。「私だって知りませんよ!」って怒鳴りそうになるのを抑えて、
「私たちも今来たばかりなんです、通してください」
と答えて、すり抜ける。
我ながら大人な対応だって雪華は思う。奏は「離せ!」「うわ、変なとこ触んな!」とか言って雪華の後をついて来ている。
ようやくゲートにたどり着く頃には、これからダンジョンに入ろうと言うのにその前にすっかり疲れてしまう2人だった。
「ご苦労様、よく来てくれたわね」
そう言って彼女たちを迎えてくれたのは、ギルドの先輩であり、学校の先輩の田丸 美里だ。そして札来館の門下生でもある。
高等部の1年生、ギルド加入の手続きの際に何度もお世話になっている。
つまり、現在において、雪華達が一番近しい先輩と言うことになる。
とても親切で優しい人なのだが、実は雪華はこの人物の事を、いまひとつ苦手と捉えていた。
今のように人当たりもいい、何より、面倒見が良く、優しい。何かにつけてちょっとメモ魔なところがあり、噂によると元ヤンなところがると言う話もあるが、少なくとも彼女を嫌う人なんて皆無と言っていいほどの人格者なのだが、たった一つ、雪華が苦手としているのは、おかしなファンクラブへの勧誘が酷い。
札雷館で何度も面識のある奏はすっかり洗脳されてしまって、もはやその変なファンクラブに入る気満々なのが最近の雪華の悩みのタネでもあった。
奏に変な勧誘はヤメて欲しいと思って止まない雪華である。
「2名到着しました、合計57名です」
と、幹部の人間に報告する美里。
「よし、わかった」
と言って雪華達に近づいて来るのは、幹部の人で麻生 一二三だ、この人は知ってる、ギルドでもかなりの上位の人間だ。
と言っても、ギルドには本来、階級や役職などいよる上下は無い、とされている。一応は先輩後輩のある種のけじめ的なものがあるが、それはあくまで一般常識の範囲であって、ギルドの内部での人間関係を縛るものでは無いのだ。
一応の形で幹部と言われる人たちは、周りの人間が勝手に言っているといのが正解で、今日からダンジョンに入る雪華と、この幹部と言われている麻生とは同等の立場である。
ただ、スキルの有無によってできることとできないこと、そして経験年数によっての立場的な位置関係があるので、それが組織の礎になっているので、若干、会社の様な人間関係はある。烏合の衆ではないのだから。
雪華としては、自分自身はこの麻生の下について雑務をこなして行くのだと思っていた。
この麻生という人は、滅多にダンジョンに入ることはないと聞いていた。いつも近くのビル内にある分室で、庶務に当たっている人という話だ。登録の際に、その分室に足を運んだ雪華と奏では、よく麻生から話を聞いていた、そしてその中で、この麻生という男子は、実はダンジョンが苦手だと、本人の口から聞いていたから、雪華も自分も務まるのではと失礼とは思うものの、そんな甘い見積もりもあった。
でも今日は彼の姿はフルプレートメールだ。今の現状が有事だということをうかがい知ることができる。
それでも、その姿がとても様になっていると雪華は思った。
腰から下げた剣は、幅広の段平。この時、雪華は、この麻生という人は戦える人間だと、そう思った。
「河岸さんと、相馬さんだね、大丈夫かい、怖くないかい?」
まるで心でも覗き込むように訪ねて来る。こういう人に自分の怖がる気持ちを隠すことなんて、失礼な気がする雪華だった。
でも、
「大丈夫です」
と気丈に答える雪華だった。
「私、戦えます、絶対にお役に立ちます」
奏では、びっくりするくらいの大きな声で言った。彼女にとってのデェビューだ、力が入っているのがわかる。
雪華から見える奏の横顔は、待ちに待った試合に臨むどこかの選手の様。
比べて、口の中まで乾く雪華は、ここにいること自体にためらいを感じてしまっていた。