閑話休題1ー1【ダンジョンの危機と新人少女たち】
その時は、何の前触れもなく。
突然、彼女達の前に来訪した。
するりと、何もなかった日常を抜けるように、していたと思っていた覚悟も、事実が突きつけられるとそれは言葉だけであったと気づかされるように、自分たちの目の前にその現実はコロンと表れてしまった。
季節は春。
札幌の春は未だ一桁台の気温で、10度を超える日など珍しく寒い日が続いていた。
特に南区では南という割にいつまでも残る雪に埋もれた寒々しい風景のまま春にはまだ遠く取り残されている。
河岸 雪華の家は、道路を跨いで、工場の隣、中空を走る『地下鉄』の近くで、春の訪れを積極的に待っていた。
春休みの中、暇を持て余していた雪華は、雪や氷、未だ凍結の溶けない北海道に慣れない友人と共に玄関先の『雪割』をしていたころ、そのメールが届いた。
丁度、発汗した体を冷やさないように、自分の部屋に入ったタイミングで、聞いたことがないコール音が彼女のスマホから響いた。
その音だけで、緊急を知らせる通知とわかる。もちろん内容もそれに伴うものであった。
内容はギルドからの緊急招集。
北海道ダンジョンが今、未曾有の危機に瀕していると言う内容。
さっきまでの平穏から一気にのし掛かってくる重い大きな不安、抱え込んだ雪華の大きく動揺した心はまるで鉛の様に重く動きをなくす。
そしてそう感じている自分自身を恥ずかしいとも感じてしまう。混ざり合う心の中から瞬間に出てしまった言葉は、
「どうしよう…」
そして次の言葉が、
「でも、私たち、小学校を卒業したばかりだし、そんな急には……」
一番最初に思いつく、この言葉に自分自身が驚いてしまう。
準備はしていたし、覚悟だってあった。
でも実際にそれが現実になってしまった時、すっかり竦み上がっている自分がいた。まだ心の準備なんてまるでできてはいなかった。平素に仕上げていたつもりの覚悟も簡単に揺れて泡のように消えてしまう。
そしてそれを目の前の友人に悟られまいと必死な自分が、みっともなくて、自分をどこかに隠してしまいたいと雪華は思った。
此の期に及んで 『何も今直ぐ出なくても』と考えてしまう自分に興ざめしている。
「卒業したから要件は満たされるよ、だって私たちもう小学生じゃない、もう中学生なんだよ、ダンジョン入れる、だから行かなきゃ」
雪華のすぐ横、弾むような声。怖いなんて感情とは縁遠い言葉にテンション。
友人は恐れていない、それどころか笑顔すら見せている。覚悟とか、そういうものではなくて、自分とは根本が違うのだと雪華は思う。
でも…、と雪華は言いかけてそしてそれを飲み込む。
そうだ、私は行くと決めたんだ。
肩と腕の力がおかしいくらいに入らない、多分、腰も抜けている。
「行こう、雪華、今行かなきゃ、これはチャンスだよ、私たちの力をギルドに見せてやるんだ」
その言葉に驚く雪華、彼女は自分に比べて呆れるくらい強い人間だ。
男の子みたいな短い髪に、細く長い手足。しなやかで可憐、ボーイッシュで快活なイメージ、雪華には羨ましかった。
一見するとか細いイメージ、そんな彼女のどこにそんな力が秘められているのかと思うと雪華は感心する。そんな友人で近くにる彼女からすると、雪華はお嬢さまで、女の子女の子していて、羨ましいと言われて、お互い無いモノねだりだと笑ったことがある。
今年は肩まで伸びた髪をバッサリいってしまおうと、現在は計画中だった。
そんな細くて強い彼女、雪華の友達で小学校5、6年生からのクラスメイト。正確には5年生の終わりくらいに本州の方から、北海道知事令で引き抜かれてきた俗に言うところのスカウト組として転校して来た。
付き合いは他の生徒に比べて短い、それでも妙に雪華とはウマが合った。他に友達がいないわけでもないが、何より出会った当時、小学校時分から中学校に入ったら必ずダンジョンに行く事を固く誓っていた雪華だ、同様の思いを持つ彼女と気持ちの上でも仲良くなって行くのはごく自然の流れでもあった。
しかも、雪華の家の事情も相まって、彼女は現在、雪華の家で生活している。
雪華の家は、親元を離れて北海道にやって来るダンジョンウォーカーの受け入れをしているためだ、俗に言うならダンジョンウォーカー里親制度によるところの居候である。
名前は相馬奏、スキルは一般には珍しい感覚系と魔法の複合適正を持ち、本人は否定しているが、スカウト組のエリートクラスだ。それに以前には全国区として名をはせていたほどのスポーツ少女で、高い身体能力を持つ。剣を用いて戦いたいと言うのが本人の希望、雪華にはいつもそう説明していた。
緊急の呼び出しが来たことからもわかると思うが、そんな彼女達はこれでも立派なギルドの構成員なのだ。
ギルドに加入するためには様々な門が用意されていて、条件を満たしたものだけがギルドの構成員を名乗ることができる。
そして、彼女達は、その『門』を通過できた数少ないダンジョンウォーカーでもあるのだ。