第163話【どうやら仲間になりたいようだ】
ダメだ、思い出せない。クソ野郎さんの一件もあるから、今後は人の顔はなるべく覚えようと思っていたけど、早速、失格な僕だったよ。なんとなく見覚えはあるんだけどな、この子、どこで会ったか全く思い出せない。
「ごめん、誰だっけ?」
率直に聞いて見た。
「僕ですよ、陛下、桃井です、桃井 茜ですよ」
ああ、ホントだ、あの時のプラスチックな顔、樹脂化されていた人だ。
桃井君、女の子だと思ってたけど、男の子だったよ。
これは分からなくても仕方ないよね、服装も違うし、全体に色も違うし、何と言っても質感とか全然違うもの、前の彼は言ってみれば色を塗る前の未完成なフィギュアって感じだったからね。
それでも、こうして僕の前にいる桃井君は、まつ毛なんかも長くて、かなりの綺麗系なかわい子ちゃんに見えるんだよね。もう、存在自体がキラキラしてるって言うか、たぶん、その容姿だけでも勝負していける子だなあ、って思った。カゴテライズすると、春夏さんとかと一緒のクラスにいて、異なる種別。
ともかく、再開を喜ぶ僕。
「ああ、そうか、そうなんだ、無事だったんだね、よかったね」
思わず、思っていた事が口に出た。そうなんだよね、彼の事だけが少し気になっていたんだよ、あれから全く話を聞かなかったし、そっか、無事か、よかった。
「はい、陛下のおかげで事なきを得ました、ありがとう、じゃなかった、お礼申し上げます」
ってか、その陛下って、そしてなんだろうか、取って付けたような喋り方。
「その、陛下っての、やめてくれないかな、恥ずかしいから」
率直に言った。
「でも、秋様は王様であらせられますので、この場合は、陛下とお呼びするのが……」
ごめん、僕の常識が正しければ、天下の往来で、片膝付かれて陛下って呼ばれて喜ぶ人ってそうはいないと思う。
すると、桃井君、突然閃いた、って顔をして、
「ああ、そうか、そういう訳なんですね」
さもありなん、って顔して一人納得してるから、ちょっと誤解がどっかあらぬ方向に飛んだな、って思うからさ、
「どんな訳なのかちょっと話してみて?」
「つまり、世を偲ぶ仮の姿って事なんですね、だとしたら、僕はなんてことを!」
その綺麗で端正で、可愛い表情を驚きに変えて、わかりやすくショック受けてる。
桃井君の頭の中ではきっと素敵な誤解という物語がはじまっているに違いない。
忍んでないから、ましてお供2人を連れての全国行脚もしてないし、暴れん坊って訳でもなく、ただの遊び人でもない。
ともかく片膝をついて畏まっている桃井君を立たせて、
「違うから、そんなんじゃあないから、でも、まあ、なんにしても無事でよかったよ」
ってホッとしてる僕なんだけど、なんか桃井君の方が混乱していて、
「では僕はどのように陛下に接すればいいのか……」
「まず、その陛下って言うのをやめて」
「では、どのようにお呼びすれば」
「普通でいいよ」
「そんな畏れおおいです」
「でも、だからって陛下ってのはなあ」
「じゃあ、殿」
もっと嫌だ。
結局、
「秋様」
に落ち着いた。
本当は、様付けなんてとんでもないんだけど、桃井君、この辺は譲ってはくれなかった。敬意を表しているのに割と強硬な桃井君なんだけど、まあ無事でよかったよね。
でもって、彼への用事というのはお礼を言いたいだけじゃあなくて、
「僕を秋様の臣下にお加えください」
ってのが主だった目的だったみたい。
つまり、仲間に入れてくれって事らしい。
確か、彼もスカウト組のエリートクラスって話だから、僕らからしもてありがたいことこの上ないんだけどさ、春夏さんが、
「ダメ」
って反対するんだよ、珍しく強く。角田さんは「秋さんの好きにするといいですよ」って、いつもの感じで僕の自主性に任せているみたいな感じなんだよね。