第154話【解放を戦慄く罪の槍】
よく見ると、その後ろから春夏さんが駆けてくる、角田さんもだよ、なんか心配させてしまったみたい。
状況は、ゆっくりと閉じられて行く。
混戦も混乱も、そのまま閉じて行く。
誰もがここで終わりだと思った。
クソ野郎さんは、
「てめ! 真希、死ね!」
って、あの槍を投げたんだ。
真希さんに向かって、それは決して本気じゃ無い、所謂、予定調和なお約束で、真希さんに向かって投げたんだよ。
もちろん、相手は真希さんだよ、鎖を上手に使ったって、あの槍が当たるなんて思えない、僕がそうだからか、きっとクソ野郎さんだって、そう思っていたはず。
だけど、違った。
想定外の事が起こった。
麻生さんが叫んだ。
「ダメだ、喜耒くん!」
「行けます、私だって、大丈夫です!」
その放たれた槍と真希さんの間に近くにいた喜耒さんが入った。
「馬鹿野郎!」
そう叫んだのは誰でも無い、槍を投げたクソ野郎さん自身だ。
慌てて槍についた鎖を引き戻そうって操作をするけど、間に合わない。
やばい状況って、すぐさまわかる。
全く、みんな油断していた。だからこの一瞬に対応できなかった。喜耒さんの作り出してしまったこの最悪な状況に、真希さんですら、出遅れてしまった。
これは後で聞いた話。
クソ野郎さんの放った槍は、鎖も一緒に放っていて、真希さんが受け止めた場合には、鎖は玉突きの衝撃で千切れて拡散して、半分くらいは足元に散らばり『鏡界の海』の水を巻き上げて、ギルドの人たちの足止めというか煙幕というかそんな使い方だったらしい、つまり、あの武器って、クソ野郎さんにとっては逃げる為の武器って事なんだって。
そこに喜耒さんの想定外の回避というか、俗に言う所のパリィ、バッソによる、槍を撃ち落そうとする一撃。
槍は上空に逃れて、鎖は千切れて、全く無軌道に縦横無尽に拡散する。
もちろん、喜耒さん自身も吹き飛ばされてしまう。
フルプレートメールだから怪我とかは無いようだけど、それなりの衝撃はあったみたい。大丈夫かな?
「きゃあ!」って言って吹き飛ばされていた。
そばにいたに角田さんは、ものすごい数の請負頭を出して、多分、何かしらの魔法で回避や衝撃緩和に勤めている。必死な表情だ。春夏さんが怪我をしている僕を庇うように僕の前に立つんだけど、僕を助けに来てくたギルドの女の子、この鎖が跳弾のように飛び、魔法はかかっているとはいえ、飛び舞うちぎれた鎖によって倒される他の人を見てパニクってしまう。
「離れるな!」
角田さんが取り乱すところなんて初めて見たよ、でもそれが最悪な方向で彼女、救護班の女の子のなんとか取り留めていた心をかき乱した。
多分、他の仲間に合流しようと、本能的に安全に群れに戻ろうとしたんだと思う。
彼女は角田さんの指定する場所から一瞬、外に出たんだ。それを狙っていたかのように、鎖ではなく、もっと大きなものが彼女に襲いかかって来たんだ。
それは、槍だった。
槍もまた未だこの空間を、大気を、浅い海を震撼させながら、飛んでいたんだ。
気がついたら、僕、彼女を、僕を助けに来てくれたギルドの娘を庇ってしまっていた。
その速度、爆ぜて飛ぶそれは、目視でなんて追い付かなくて、ただ、僕はそれがそこにある事を瞬時に悟っていたんだ。
槍は彼女をかばって避けられなかった僕の右腕を貫いて、海に落ちる。
一瞬、大きな衝撃を感じて、襲いかかる体を引き裂かれるような痛み。
ああ、もうダメだな、って。
腕が、根こそぎ肩のあたりから持って行かれたってわかる。骨なんて完全に砕かれて、筋肉も引きちぎられて、今僕の顔の角度では見えない位置にある右手がさ、ちぎれたジャージにくっついて、プラプラと視界に入ってくるんだよ。
でもまあ。ギルドの娘は無事みたい。なんかものすごい顔をしているよ、今にも泣きそうな感じかな、春夏さんが何か叫んでいる。角田さんも、あ、真希さんもなんか言ってる。麻生さんは喜耒さんの方にいて、喜耒さんも無事みたいだ。