第11話【支配されてゆく安心感】
家に帰ったら、母さんに驚かれた。
いやあ、まあ、すぐに帰って来てしまったからね。
ほとんと蜻蛉返りみたいなものだよ。
でも、母さん、そのいきさつを話したら、笑ってたけどね。
本当に散々な日だよ。
憮然としてる僕と、その横でひたすら謝り続ける春夏さん、僕も「春夏さんが悪いわけじゃないよ」、っていいながら、玄関先でのその自分の声色に、言ってしまってから、やっぱ、少し不機嫌だったのかもしれない。もちろん春夏さんじゃなくて、あのイケメン長身乱暴な人に対してさ。
なんなんだよ、って、確かにそう憤る。
で、その度に謝る春夏さん。
だから春夏さんじゃないって、悪いのは!
って、あ、そうか、確かに僕、今は怒ってるな、って思いつつ、なんとかクールダウンしようと努める。
そんな僕らを見て何かを察した様に、母さんは、
「今日は、『ゴブリン鍋』にするから春夏ちゃんも食べて行きなさい」
って言ってくれて、え? 何、今日、ゴブリン鍋なの? ってなった。
テンションが若干、いや、凄い勢いで持ち上げられる。
たかが食べ物くらいで、って思うかもだけど、だって、ゴブリン鍋だよ。
ジンギスカン鍋や石狩鍋と共に、今や北海道での3第鍋料理の。
そっか、ゴブリン鍋かあ。
気がつけばテンション爆上がりの僕は、割とご機嫌にテーブルに着いたよ。
で、そのまま夕食になった。
でもその時も、ずっと、
「ごめんなさい」
って謝り続けてる春夏さんなんだけど、僕はさ、女子が本気で謝り続けてるっのに、その事についていまだに文句を言う事なんてさらさら無くて、もちろん、春夏さんが悪いだなんて、1nmも思って無くてさ、
「いいよいいよ、春夏さん、明日もあるから、ちょっとゲートの様子も見れてよかったよ、天気も良かったしさ」
って、自分でもよくわからないフォロー入れつつ、もちろん僕自身は怒ってる訳もなくて、それにきちんと謝る春夏さんに僕が何を言えるはずもなくて、つまりさ、春夏さんがもしも、もしも、何かしらの問題があるにしてもだよ、謝った時点で、もうそれはなくなってしまうから、もちろん春夏さんが悪いわけはないけどね。
悪いのはあの人たちであって、春夏さんではない。
で、それはいいんだけど、今日、ダンジョン入れなかった事によるショックよりも
、僕としては、あの時、多分、一瞬だった、あの気持ちの流れと、そして僕の足元から吹き上がって来たような、異様な感覚の正体の方を気にかけていた。
僕はさ、あの時、まるで自分が、とてつもなく偉くなった様な、そんな高揚感もあったんだよ。
ほんとうに、油断したらさ、「この虫けらどもめ」って、言いそうになるくらいの高揚感で、偉ぶった気分があったんだ。
今、こうして落ち着いたからこそだからわかるんだ。気持ち悪いくらいに僕の中に、あの時の感情と言うか意識が残ってる。いや、これって、僕の心を通り過ぎていって、もうここには残ってないけど、その形が、中身もなく残ってるって感じかな。
あれ、一体、なんだったんがろう?
ジトって、感じで乾き切らない湿った温度はまるで僕の体に張り付いている様だ。
それを思い出し、あの時の気持ちが一瞬だけど蘇ってゾッとしてる。
自分の胸の中心に手を置いて考えてしまう。
原因がどこともわからない、不安な思念に不安定な心。正体不明の恐怖に自分自身が囚われている様だ。
そして、僕は、この心の位置の戻し方を探す様に、右往左往する。
まるで、自分の手で、僕の胸の中にあるって仮定する心を探す見たいにさ、阻まれた行くて、正体不明の人達、今はもうそんな状況ではなく、キッチンのテーブルに座って、母さんの作る『ゴブリン鍋』を待っているばかりのはずなのに、その胸中の不安が消えない。
すると、僕はそっと春夏さんにその手を握られるんだ。
まるで包み込む様に、そして、その目は、表情は本当に心配そうに、
「ごめんね秋くん」
って言う。僕の手を春夏さんの手が包み、そう僕に言う。
もう、ヤダな、だから春夏さんが悪いわけじゃないでしょ?
って、言おうとすると、手を掴まれた瞬間、僕の不安は溶かされて行くんだ。
まるで、体の中で膨張してパンパンになってた正体不明な不安がさ、何かを言いかけようとした開いた口から流れて行く様に。綺麗になくなってしまう。
とても、不思議な気がしたんだ。
そして、これが初めてではないって、頭でなく、心で理解する僕は、得体の知れないこの不思議な感情を、どうしてか、心地いいって思えるんだ。
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