第145話【液化する大地、混ざる君】
飛び込んだときは、どう見ても地面がグルグルしている様にしか見えなかった、ダンジョンの液化現象(?)も、こうして中に入ってみると、地面というか土とは思えないほどの透明度とかあって、それでも全体は薄暗いんだけど、何も混ざってない純粋さとかあって、それは春夏さんが純粋だから当たり前かって思うんだけど、だから上の方からは地上の光が透き通るみたいに差し込んでいる。
うん、普通に綺麗な光景だよ。
見たこともない景色。
そして、やはり円を書く様に渦巻くその流れに僕は乗って、グルグルと回されてる。
気分的に言うと、洗濯機の中の洗濯物の気分がわかる感じかな? モードで言ったら優しく回されてるから、手洗いモードかもしれないね。絡まない感じ。
僕が落ちた時の静流の叫び声も、蒼さんの悲鳴も、何よりダンジョンからでてきた、大勢のダンジョンウォーカーの喧騒も、完全にシャットアウトされて、今は何も聞こえない。
でも、これ水の音かな?
水じゃないけど、液体の様になって、この地に溶け込もうとしているダンジョンだけど、きっと水って感じでいいと思う。
その水の流れる音だけが僕の鼓膜を揺らしているんだ。
ゴーって感じに、時折、ドクンみたいな?
あ、ドクンの方は僕の心音が響いているだけみたい。
何も聞こえなくなって、周りが液体で満たされて、僕は僕の心臓の音が聞こえてるんだ。
本当に、馬鹿みたいに落ち着いてる。
この先、自分がどうなってしまうのかなんて予想もつかないのに、まるで不安とかなくて、むしろ満たされてる安堵感があるよ。
さっきさ、黒い神様、だから春夏さんの生みの親になるのかな?
その人が、静流と蒼さんがここに飛び込もうとした時、「消失するな……」みたいな事言ってたけど、全然大丈夫じゃん。
今、僕がどこにいて、流れてはいるんだけど、どこに流されているかも全くわからないけど、全然平気だよ。
消失とか、混ざって消えるとかの前に、僕としては息とか吸えるかなあ、くらいは心配してたけど、そんなのも全然平気だし、何より、包まれている安心感が半端ない。
普通に呼吸はできてるし、何よりあったかいんだ。
すごく安心できる温度。
いつも隣にあった湿度。
それはいつも僕に対して優しい意識を持ってた。
だから、今は意識がなくてもその温度や僕を包んでくれる環境だけで、僕はこの空間にどうしようもないほどのいっぱいな春夏さんを感じるんだ。
もう、どこにもいなくなってしまった春夏さんを身近に感じるんだ。
だから、僕はさ、春夏さんを満喫していた。
そして、気がついてしまうんだ。
今、僕はここで春夏さんを感じてしまうから尚更、それを知ってしまう。
こっちが本物で、今まで地上で感じていた春夏さんの感情らしきものこそが、片鱗であって、残滓、だから意識を伴わない現象としての春夏さんだったってことを。
僕は何度も春夏さんに、まるで僕自身を覆う鎧の様に、この春夏さんに守ってもらっていたのは、彼女がいたと言う跡みたいなもので、例えて言うなら、服とか布団とか、お風呂の残り湯に残った春夏さんの痕跡な様なもので、絶対に僕を守るって意識すら、彼女自信ではなくて、僕に染み着いた彼女の残り香みたいなものだったんだ。
だから、僕はあれから春夏さんを失っていた事には変わりなくて、春夏さんがいたとこ
ろに春夏さんを感じて喜んでいたって事になるね。
まるで母親の痕跡を辿る幼児の様。
どれだけ僕は春夏さんが好きなんだよ、って思う。いやあ、まあ、好きなんだけどね。
だから、残してくれてたのかなあ、ってそんな風に思う。
それはそこにいられない自分がきっと悲しむであろう僕の為に、形見でも残すみたいに、自分の意識は介在なんてできないのに、それでも僕のことを考えてくれてたんだ。
そして本体……、この言い方なんか嫌だな。だから本人の方は、ずっと前から、ダンジョンを含めて、この地、北海道に自分を含めた自分たちの世界を溶かして一緒になろうと思って動いていたんだ。
いや、最初からそうだったのかもしれない。
僕に出会った時から、僕と再会した時から、この未来にたどり着く為に行動を続けていたのかもしれない。
僕が気がつかなかっただけで、ずっと春夏さんは、異世界をこの北海道に溶かしてみんなで仲良くやって行こうって画策していたのかもしれない。
春夏さんは、『一撃で世界を滅ぼす力』の対象は、このままではどうあがいても、砕けて散ってしまう異世界の事を指していたわけで、決してそこにいる人や魔物さん達のを滅ぼせって言っていたわけじゃない。
むしろ、そこに大地があると、こっちに移住しないから、縋り付こうとする形を完全に消失させて、みんな北海道に来れる様に仕向けてる、強引だけど決して漏らすことのない優しさを感じる。
何より北海道ダンジョンができた理由だよ。
ここって、きっと訓練所だったんだ。
異なる世界になれるための、パニックおこさない様にする、魔物や魔法や、神様やら竜やらに馴染んでおくための、そんな場所。
場所として異世界を受け入れる為にダンジョンではなく、僕らが異世界を受け入れるための準備をする場所だったんだ。
第一さ、このダンジョンに住う魔物って、みんな嫌になる程友好的で、敵として現れる時も、ダンジョンルールをきちんと告知して、最悪逃げられる様にできている。
怪我しても、最悪死んでも完全に生き返るし、生き返った場合のケアとかも完璧だし、最初から向いてない人はそもそも入場できないし、それでも、北海道ダンジョンウォーカーには夢中になれるものってたくさんあって、みんな好き勝手にやる許容があるんだ。