第143話【消えゆく北海道ダンジョン、でもそこに春夏さんの温もり】
僕は、液化している様なダンジョンに、その表面に沈んて行った。
まるで、プールのそこから空を見ている気分だ。
もちろん、この液化している大地はプールの水ほど静かではなかった。
規則的な音というか振動が流れている。
それでも、今まで感じていた、街が、みんなが生み出す喧騒とかは完全にシャットアウトされて、静かな水中の様に感じる。
一番大きく聞こえてくるのは自分の心音。
ドキ、ドキって時を正確に刻んでいる。
きっと、多分、僕は今、春夏さんといる。
正確には春夏さんの中にいる。
イメージはあくまで水の中なんだけど、全然息苦しさを感じないんだ。
普通に呼吸している。
きっと、春夏さんが、と言うか北海道ダンジョンを僕の体に取り込んでいる感じかな?
空気なんて介在しないで酸素を取り込んでる。何より自分の生命の維持にとって、と言うか、よりよく生存して行くためのモノは全部、ここで供給されてる気がする。
ご飯もいらないんだ、味はしてないけど。
今、全くわからないで、水よりも濃い暗さの液化したダンジョンにいると言うのに、この先がまるで予想もつかないって言うのに、自分がどうなってしまうかもわからないってのに、全く不安なんて無い。
むしろ、安心している。
ちょっと前に異世界から降りて来ていた黒の神様みたいな感じで、揺るぎない生存への安堵と、例えようもない優しさに包み込まれているみたいな感じかな?
きっと、僕はもう覚えてないけど、母親の胎内にいる赤ちゃんの安らぎみたいなモノを感じるよ。
そして、そんな中で、僕はここに確かに春夏さんを感じていても、その意識は感じないんだ。
何より、今まで僕のそばにいてくれた春夏さんが、ここに来て、新鮮な、と言うかこうして浸かれる程、優しい春夏さんに触れてしまうと、否応なくそれが、偽物。いや違うな、きっとあっちが残滓で、こっちが本体って気がついてしまう。
今まで、僕がさ、北海道で、ダンジョンで、いつでもいかなる時も感じていた春夏さんって、僕に染み込んでいた残りカスみたいなもので、確かにそれは春夏さんなものなんだけど、現実に春夏さんか? って言われるとそうではなくて、あえて言うなら、奇跡や魔法、それらの彼女が残した僕への力に付随して意識みたいなもので、ただ僕が懐かしむ事でそれは春夏さんの外観を装うんだ。
つまり、一つ一つは、そうでもないものを、僕の記憶や、力の中にあった意識の通り道を僕は春夏さんって感じていた。
いや、感じたかったのかも。
だから、今はとても濃い春夏さんを感じる。
春夏さん本人をここで感じるんだ。
そして、だからこそわかってしまう。
ここにはもうあの、僕の知ってる、僕が触れた、僕に触れてくれた春夏さんがいないことを。
意識はある。
でも、もうそれは、人とは形を変えてしまって、その溶けてしまう思念も、今はもうこの地に溶け込むことを目的に、ただそれだけの為に費やされている感じ。
全ては手遅れだった。
もう、ここに僕の知ってる春夏さんがいない。
そう思いながら、僕は、僕がここと同じ体温になりつつあるのか、それとも最初からここが僕と同じ温度だったのか? 自分の意識ではなくて、身の消失と言うか、自分としての境界が合間になっている気がして、自分の頬に手を触れて、あった事に安心して、ぐるっと周りを見渡す。
どこも同じ風景。
多分、僕が上って認識するところにうっすらと明かりが差し込んでいるから、あれが外ってわかる。
僕はこの温もりを感じつダンジョンの成れの果ての中で、すでに失っていた春夏さんを思って、愕然とする。
するんだけど、本当にガッカリはしてない僕がいる。
うん、違うな。
そう、違う。
だって、今、こうして、僕は絶望的なくらい、ここで春夏さんを感じている。
限りなく薄いけど、間違いないんだ。この感覚は人にはわからない。
でも、僕にはわかる。
これ、まだ、意識は散り切ってない。
いるな、春夏さん。
むしろ、この空間、液化するダンジョンの至る所に僕は春夏さんを感じる。
こうして手を動かして、指の間を通り過ぎる優しくてそれでいて無機質な流体に、僕はどうしようも無く、春夏さんを感じてしまうから、でも、その小ささと、僅かさに、泣きそうにもなる。
こんな姿になっても、彼女は僕を守ってる。
それがわかるから、意識してない意識で僕の存在を感じているのがわかるから、気持ちが切なくなってくるんだ。
黒い神様は言ってた。