第140話【絶対僕を傷つけないという断固たる想い】
例え世界が救えたとして、それが僕がやったこ事だとして、春夏さんを失ってしまってはなんの意味があるんだろうか?
これが彼女の望んだ形であったにしても、これまで春夏さんって呼んでる北海道ダンジョンの犠牲によって、二つの世界が残される形になったとしてもだよ、ずっと、二つの世界を一番いい方法で存続させるって最高の結果が、本人の犠牲の上に成り立ってるのなんて、それじゃあ何も救えてないのと一緒だよ。
一番頑張って来た人がさ、1番の犠牲って、なんの冗談だよ。
他の人はいいと思うかもしれないけど、僕はそんなの絶対に嫌だ。
動かない体で、僕は呼び続ける。
「春夏さん! 春夏さん! 春夏さん!」
返事なんてしないのはわかってる、でも聞こえてるでしょ?
今も意識は近くに感じてるよ。
「春夏さん! 春夏さん! 春夏さん!!」
動けよ、体、前に出ろ足!
自分の意識を体の中に向けて叫ぶ。
でも動かない、どうにもならない。
僕は、最大に困っている時の行動、つまりアキシオンさんを意識する。
すると、
「ダメです」
ってキッパリと言われる。
「なんで?」
間髪入れずに聞き返す。
「あれは、今、消失と存在の間にいます、このままオーナーを向かわせるのは危険です、今、あなたが春夏と呼ぶ個は、この世界の全になりつつあります、もう既に存在としての定義が異なるのです、そこにオーナーを向かわせるわけにはいきません」
と酷く静かな声で言われる。これは言葉じゃない、意識として僕の頭に、いや心に刻みつけてるって感じの、意識に近いものだ。
そして、アキシオンさんは、言葉として僕に言う。
「私は、オーナー、あなたを失うわけにはいかない」
って、珍しく昂る感情を乗せた声でそう言うんだ。
いや、ほら、僕も女の人にそこまで言われてしまうと何も言い返せないってか、そうか、そんなんだね、って納得せざるをえないからさ、アキシオンさんの力はここでは得られないって、だから僕を守る為にアキシオンさんは協力してくれないってのだけはわかる。
いや、でも……。
だからと言って、このことについては僕は簡単に諦められない。
すると、今度は響めきが走る。
外に出て来たダンジョンウォーカーの人達、だからギルドの人たちが、そして魔物な人たちが騒いでいる。
今度は何?
って思ってたら、その変化はすぐにわかる。
地面だ。と言うかこの大通公園の地表。
地震とは違う、明らかに、地下で何かが起こっている変化が僕の足から伝わってくる。
それはすぐにも目に見えて現れ始めた。
多分地下でダンジョンが混ざり始めている。
地表の形はそのままに、道路も建物も、街路樹も芝生も花壇さえもそのままに、その表面が黒と白と、それ以外の合間の色に渦を巻いて、それは、まるで僕の立ついて、いやそれ以上、この市街地、多分札幌全体に渦を巻いて回って、ここ4丁目ゲートを中心に地下に落ちてゆく様な、そんな目に見える変化が現れ始めた。
唖然とする僕の後ろで、黒神様は言う。
「空が晴れてゆくな」
って。
僕は視線を空に移すと、そこにはもうすっかり小さくなった、ただの土塊と化した異世界の残骸が見える。
もう、太陽の光を阻害しない、小さな雲みたいになってさらに分解、消失を続けている。
青い空が広がっていて、まるで、冬の雪雲が晴れてしまったみたいに感じる。
寒いけど、あったかい。
そんな感覚。
でも、この空に、僕の知ってる春は廻ことがないって、そう思う。
春がないのだからそれにくっつく夏も無い。だから秋も無い。
今、春夏さんが、僕のこの心を知ってる筈。
だから、きっと彼女も僕の心と同じになってる。
それでも、この行動を止めてくれないから、これは、僕以上に彼女が望んでいた事になる。
黒い神様は、薄く微笑んで、自分も子供が消えて行くその刹那を見つめていた。
グルグルと地表に渦を巻く、その中心が4丁目ゲートに向かい回り続ける。
今、そこを中心にして、周りが、かなりの速度で溶かされっているってのがわかる。
もう、これは説明がなくてもわかる。
北海道を主体にして二つの世界が完全に調和しようとしてるところ。
つまり、だ。異世界は完全にその形をこっちの世界にとかしてしまおうって事になる。
砂糖とか塩が水に溶けて行くみたいな、形は砕かれ、水の中に溶け込もうとしているみたいに、異世界がなくなってゆく。
確かに、これなら魔物、異形はみんな人になってしまう。
完全に溶け込んでしまう。
僕は思うんだよ。
確かに、みんな一つになって、一種類になって、共に生きてゆくのっていい事だって。
でも、なあ、違うんだよ。