第137話【世界に混ざって溶けて行く異世界】
空にある、札幌の大地に向かって落ちて来ていた異世界は、徐々に、まるで溶けて行くかの様に姿を失おうとしている。
混ざるって言うのは失うって事に近い行為かもしれないなあ、なんて、そんな事を漠然と考えていると、僕がそんな光景を見つめていると、背後から大量の人の気配。
振り向いてみると、僕が背にしていた4丁目ゲートからかなりの数の人が出て来ていた。
異世界が分解して行く光景でも見に来たのかな? って最初は思ったけど、まだ地上の安全を確保したなんて連絡は入れてないから、この辺の判断は僕の周りの人間がするはずなので、だから、あれ? って思った。
ギルドのみんなはともかく、避難させていた魔物の人やらも出て来ているから、ちょっと驚くけど、今は地上も異世界から来た魔物の人たちも多いから、そんなに違和感はないけど、それでも、その一斉の行動に僕は驚いて、嫌な予感がした。
そして、そんな戸惑う僕の前に、雪華さんが来る。
「どうしたの?」
って彼女が何かを話す前に僕の方が聞いてしまう。うわ、僕、焦ってる。
そして雪華さんは戸惑いなんがら、
「あの、秋先輩、落ち着いて聞いてください」
って言ってから、
「春夏さんが、みんなに出て行けと勧告して来ました」
って言った。
?????
そう言う事なの?
そんな言葉の前に、
「え? 春夏さんが来たの?」
って聞いてしまう。
「はい、しかも、ほとんど全員の前に同時に現れたみたいです」
って言うんだ。
そして、その次の言葉に、僕は言葉を失ってしまう。
雪華さんは言うんだ。
「北海道ダンジョンがなくなってしまうから、ここにいたら危ないから、みんな地上に出て、って言われました」
そうなんだ。
いや、そうだった。
完全に失念していた。
異世界が、その大地が失われるってことは、つまり、そちら側であるダンジョンもまた然りって事なんだよ。
少なくとも、今の春夏さんは、彼女自身が北海道ダンジョンであるから、異世界の大地をこの北海道に統合ってか混ぜようって行為は、彼女をこの地の土に変えると同義って事に今気がつく。
中止だ、中止、ってディアボロスくんに言おうとするけど、今、ここで混ぜ合わせる作業を中止したら、大変な事になる、街にも、そして人にも甚大な被害を与える結果になってしまう。
そんなことはできないし、そもそも春夏さん自身が許すわけもない。
じゃあどうする?
混ぜるのやめて、異世界の大陸だけ消失させてしまうか?
できない訳じゃない、アキシオンさんの力を使えば、強引に行けるかもしれない。
方法を今の時点で切り替えるか?
慌てる僕。
本当にどうしようもなく、うろたえている。
いや、だって、僕の計画が、行為が春夏さんの消失に繋がるなんて考えもしなかったから。
そんな瞬間だった。
僕の目の前に、黒く、まるで闇そのものが降り立つ様に現れたんだ。
それは人の形を真似た夜、そんな存在に感じる。
怖くはない。
そう言う闇、きっと夜の闇、暖かい闇、だから休む事を許してくれる闇。
そして、例の遭遇感はまるで無いから敵でもない。
それは間違いなく今は崩れ行く異世界から降り立ったものだった。
その闇は僕に向かって、言うんだ。と言うか空気自体が響いて言葉になる感じ。
「まずは礼を言わせてくれ」
って。
その黒い形は、徐々に黒衣を纏った、人の形になって収束するみたいに僕の前に立つ。
それは、大人の女性の形をして、裏表の無い優しさを示す様な笑顔を見せてくれる。
なんだろう? まるで、不安感も焦りもかき消してしまうかの様な、そんな安心感が広がる。
ただただ安らかに、と言う気持ちが湧き上がって来る。
まるで、優しい時の母の様な存在。
なんかチープな言い方だけど、そうとしか捉え様がない。
黒い闇のローブを纏った、彼女は言うんだ。
「私の世界を壊してくれた事、そして全ての眷属を救ってくれた事に感謝したい」
すると、今度はディアボロスくんが、
「黒神さま!」
って叫んで、喜んでいるのがわかる。
まるで、久しく離れていた母親に、子供が出会ったみたいな反応。
「続けよ、我子よ、約束したろ?」
とディアボロスくんに言うと、
「はい、続けます」
と再び、ディアボロスくんは『混ぜる』と言う奇跡に没頭し出す。
しかもさっきまでより明らかに気合が入ってる。なんだろうなあ、参観日にお母さんが来てくれてがんばっちゃう子供みたいに、いいとこ見せたって気持ちが全身から出てるよ。
そんなディアボロスくんの姿を慈愛に満ちた表情で見つめる彼女の顔を見て、僕は全く似てないけど母親を感じてしまう。本当にすごい安堵感。もう強制に近くて、しかも逃れ用のない感覚。きっと母親っていう存在が魔物化ってかハイエイシェントどころか神様の地位まで上りつめたらこんな感じになるのかなって思うくらいの暖かで、慈しみがあって優しい存在だった。