第115話【こんなの常識でしょ?】
いや大丈夫だよ、引き際に一撃入れて来たから、って言おうとする僕なんだけど、そのまま偽春夏さんは、貼り付けた笑顔のまま砂塵の様に散って落ちる。
「本物かと思った」
そう言う葉山、僕に対して、
「良くあんな短時間で、会話もせずに春夏が偽物って気がつけたわよね」
って言われるんだけど、まあ、僕が本物と偽物を見間違えるはずもないからさ、
「うん、わかるよ」
って言ったら、
「どの辺で? 次も偽物が出たら困るから、その辺の違いを教えておいて」
って言うからさ、
「いやいや、もう、全然違うじゃん」
って言ったら、みんなキョトンとした顔するから、
「匂いとか全然違うよ、あと質感だね、これも見ればわかる、春夏さんあんなに肌とか荒くないし、もっとしっとりしてるから、それに目と耳の間が1ミリ以上違ってたから、それに眉毛の配列がさ、その長さの均等が違うんだよね」
って言ったら、葉山ドン引きしてた。
「え? いつもそんなに見てるの? というか見えてるの?」
って聞かれるから、
「うん」
って答える。
正確には、僕もそこまで見ているってことに気がついたのは春夏さんがいなくなってからだけどね。
と言うか僕のこの視線というか人を見ている目自体がちょっと常識外ってのはここ最近に気がついたんだよね。もちろん、このこと自体に自分でも引いたけど、考えて見れば、それほどって内容でもないしさ、このくらいの事って普通に当たり前の範疇であるって思ってたから特に誰にも言わないし、相談もしないよ。
すると葉山は、
「私は本物ってわかるよね?」
とかおかしな事を言ってくるから、
「何を言ってるのさ?」
って言ったら、なんかほっとしていて、この反応だと、自分が偽物って感じに捉えかねないぞ、って思うものの、今の葉山の虚偽を疑うべくもないからさ、
「先週と体重が340g増だけど、健康には害さない程度の変化だから、そんな事くらいで、偽物だなんて疑わないよ」
って言ったら、「ぎゃー!!!」って悲鳴をあげてた。
「じゃあ何? 私の匂いとか、肌荒れとか、全部わかってるってか気がついてるの?」
って聞いてくるから、
「人って、健康な状態の中でも変化はあるからね、そのくらいは範囲内だよ」
って言ったら、いつも近すぎるくらいの距離にいる葉山が離れたよ。自分から距離を取ったよ。
すると、今度は蒼さんが、
「お館様は、匂いとかも個人を特定する判断基準にするのでしょうか?」
って聞いて来る。
「うん、まあ、みんな個性があるからね、大体みんなそうでしょ?」
って問い返すと、蒼さんは首を横に振る。激しく振るその目だけは動かす事なく僕の顔を貫くみたいな強い視線で見つめている。
でも、なだろう、蒼さんに否定されると非常識も底を打ってる感じがして、
「え? 違うの?」
になってしまう、自分の常識を見失ってしまう感じになる。
「真壁、他の女子と距離を取ってて正解だわ」
って、葉山がもう信じられないって顔していうんだよね。かつて僕が女子に避けられていた時の事を思い出す様にいうんだよね。
そして、
「私は、いいけど、他の女子……、人に話したらダメよ、本当に嫌われるわよ」
って言われるんだ。
え? なんで?
だって、匂いとか、質感とか大事だよ。その人の健康状態とかもわかるじゃん。ああ、ちょっと調子悪いのかなあ、って思えるから気を使えるし、感情の起伏だってわかるから安全な距離を保てるじゃん。
そんな僕に、急に薫子さんが、僕の首のあたりに鼻っ柱を突っ込んできて、いきなり匂いを嗅ぎだすからびっくりする。
「うわ、ちょっと何するの?」
って言うと、
「お前は、いつも女子に対してこんな風にしているって事だぞ」
って言うんだ。
その言ってくれる薫子さんに対して、
「薫子、ハシタないわよ!」
って葉山が叱咤してるけど、まるで気にする様子はない薫子さん、「いや、わからないでいるみたいだからな、理解してもらうための努力だ」とか普通に冷静に言ってた。
いやいや、僕、そんな事してないし、それじゃあ、変態さんじゃない。
って、言おうとしていたら、
「秋様、女子的な視線では変わらないです、つまり個人を特定できるくらいの匂いを秋様は感知していたと言うことは、女子的には、先ほどの賢王様同様、そこまでパーソナルスペースに入りこまれたって事ですから、それは認識していても言ってはダメな奴です」
ああ、そっか、確か母さんにも似た様な事を言われていた気がするけど、結構昔だからすっかり忘れてたよ。一回、口論にもなったなあ、『なんで顔色うは良くて匂いはダメなのさ!』って感じでさ。